苦い文学

自己肯定感と守護霊

自己肯定感と守護霊は似ている。

というのも、どちらも人生の成功、幸福、安らぎに大きな役割を果たすと言われているから。逆に言えば、惨めな人生を送っている人は自己肯定感が低く、また守護霊も応援していないと考えられている。

まだ似ているところがある。それは、どちらも本当にあるのかどうかわからないという点だ。いや、自己肯定感をバカにするな、ちゃんとした心理学の概念だ、という人もいるかもしれない。私は心理学はよくわからないが、多分、その存在に関する科学的根拠はなさそうだ。そして、守護霊の存在に科学的根拠がないのはもちろんだ。どちらも幻みたいなのだ。

それに、私たちは普段生きているとき、自己肯定感も守護霊もあまり気にしない。いや、ないようなつもりで生きている。なにか困ったとき、つらいとき、苦しいときだけ、その説明原理としてどちらも現れる。楽しいとき・好調なときに「俺は自己肯定感が高いから気分いいな」とか、「これは守護霊のおかげだ、ありがたや」などと考える人はいない。

もしかしたら、どちらも生きる上では不要なのではないだろうか。なんだか、ますます幻のような気がしてくる。

そして、もっとも似ているのは、それで金儲けする人、つけこむ奴らがいる点だ。私たちはこうしたペテン師たちに喜んで大金を支払うのだ。

こうしてみると、むしろ、自己肯定感も守護霊も、私たちを苦しめるためにでっち上げられたマヤカシだというのがふさわしい。

苦い文学

自己肯定感の高め方

自己肯定感とは、ありのままの自分を受け入れること。自己肯定感が高いと、自分はなんでもできるという自信が溢れてきます。だから、自己肯定感の高い人ほど、積極的にチャレンジできますし、努力などしなくても自ずと成功が舞い込んできます。

また、自信のある人の周りにはたくさんの人が集まります。いわゆる「人たらし」と呼ばれるのもこんな人。周りからチャンスとサポートがどんどんやってくるので、気がつかないうちに成功してしまうのです。

では、逆に自己肯定感の低い人はどうでしょうか。自信がなく、いつも隅っこにいます。まるでダンゴムシのようなので、誰も寄って来ません。孤独で貧しい人がこれにあたります。こうした人は毎日を生きるのがつらいです。一歩あるくごとに、自己肯定感がすり減っていくのです。

そして、とうとう自己肯定感がゼロになると、自殺かテロのどちらかしかありません。自己肯定感が低いというのは本当に恐ろしいのです。

ですので、自己肯定感を高めていくことがとても大事です。では、自己肯定感を高めるには、どうしたらいいでしょうか。

まず、自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることです。そしてそのために、自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることです。そしてそのために、自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることできるという自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることできるという自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることできるという自己肯定感を高めることができるという……

苦い文学

非包茎税

いわゆる独身税の成功に味を占めた日本政府が、新たな税源の確保を目指して開始したのが、「非包茎税」でした。これは、包茎でない者が負担する税であり、その税収の一部は「少子化対策包茎家庭支援金」の財源となりました。この制度は、包茎男性の自信を強化し、包茎家庭における子作りを活性化させることを目的としていました。

一見、非包茎者にとって不公平に思えるこの制度でしたが、ひとつ変わった特典がありました。「非包茎税」を収めた国民は「非包茎納税者」としてネット上で広く公示され、また、「非包茎納税者」であることを示すステッカーが与えられたのです。

そのためかどうかわかりませんが、多くの国民がこぞって「非包茎納税者」として納税し、政府の税収を押し上げたと記録されています。実際の「非包茎者」割合から、偽りの非包茎者が多くいたものと推定されていますが、あくまでも自己申告ベースであったので、問題にはなりませんでした。

ただし、非包茎であるのもかかわらず、包茎だと偽って納税しなかった場合、きわめて悪質な脱税として、追徴金のほか重大なペナルティが待ち受けていました。これら国の義務を遂行しない「仮性国民」は、「善悪を見分ける目が皮で覆われた皮いそうな者」と大いに軽蔑されたそうです。

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死に至る病

哲学倶楽部の先輩から、「君はこれを読むべきだな」と、ゼエレン・キェルケゴオルのその本を渡されたとき、私たちの友人は「死に至る病……?」とそのタイトルを口にしたきり、絶句したそうだ。

そして、その時から、彼の人生は大きく変わった。かつては市街のあちこちのカフェで、旧制高校の制服と学帽を得意げに着た彼の姿を見かけたものだが、そんなこともなくなった。

それどころか、街外れや田園地帯を彷徨い歩く彼の姿が目撃されるようになった。着物はズタズタに破れ、蓬頭垢面のそのありさまは、狂人さながらであった。いや、そうだったのかもしれない。もともと、細かいことに拘泥する質の彼だったから、それがついに度を越してしまったのだ。

しかも、さらに異常だったのは、甲高く、耳障りな声で始終叫び続けていることだった。まるで怪鳥が同類を求めて鳴き続けているかのようだった。

そして、ある日、彼が道端に倒れているのが発見された。その時にはもう虫の息で、ただかすかな声で鳥のように鳴くのだった。彼が息を引き取ったのは、それから数時間後のことだった。

私たちは、死んだ彼が『死に至る病』を固く握りしめているのを発見した。私たちは苦労して彼の手からその書を外した。彼の死の秘密を探るべく、パラパラとめくった。だが、秘密どころか、1ページも読んでいないようなのだった。その真新しい書物を見て、誰かがポツリとつぶやいた。

「彼は……『キェ』の発音から先に進むことができなかったのだ……」

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諸子百家の時代

古代中国の春秋戦国時代の話です。当時は「諸子百家」と呼ばれるさまざまな思想家が現れ、競って諸侯に自分の政策を採用するように提案したものでした。

ある思想家が、共という国にやってきて、王にこういいました。

「王よ、王の国は今まさに三低三少、四無五失、八失人員によって滅びようとしています」

当時の資料によれば、「三低三少」とは地位が低く、付き合いや少ない人、「四無五失」とは、家族や資産などがなく、失敗と失意の人生を送る人、「八失人員」とはすべて失った人のことをいうそうです。

王は答えました。「お前の提案を述べよ」

「三低から三少を引くとすなわち何もなくなります。四無と五失を足すと九です。この九から八失人員の八を引くと一になります」

王はあまりに愚かな解決策に声を荒げて尋ねました。「お前は、その残りの一をどうしようというのか」

思想家は平然と答えました。

「この一から一党独裁の一を引けば、何もなくなり、すべて解決いたします」

この思想家がその後どうなったかについては、いかなる歴史書にも記されておりません。

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お餅の事故

「フグの卵巣より危険な食べ物を知っていますか」と博士は問いかけた。「ええ、お分かりですね。それはお餅です。フグの毒で亡くなる人より、お餅の事故で亡くなる人のほうがはるかに多いのです。餅は危険だ! 餅を禁止しろ! そう言うのは簡単です。ですが、お餅は日本の大切な文化です。お餅がなくなることは、この日本を破壊することなのです」

客として招待された私たちはじっと老博士の言葉を聞いていた。

「なんとかしなくては、この状況を変えなくては、そんなふうに考えていた私は、あるとき、ひらめいたのです。もしも人間の摂取器官が、お餅を摂取しても窒息しないような構造だったら、こんな事故など起きないのではないか、と。これが研究の出発点となりました。そして、今日、みなさんにおいで願ったのは、お餅を食べても絶対に窒息しない新しい日本人の誕生をともに祝うためなのです」

期待と多少の恐怖にざわめく私たちの前で博士は叫んだ。

「さあ、出てくるがよい!」

博士の後で凄まじい音がして、壁が崩れた。そして、見るも恐ろしい生物が現れ出たのだった。私たちは悲鳴を上げることすらできなかった。博士はポケットから餅を取り出した。「みなさん、見てください!」

博士の手に乗った餅を前にして、その恐ろしい生物は口を開いた。だが、それはなんという口であったろう。四方に裂けたその口の中には、無数の牙がびっしりと生えていた。そして、その牙の間には、蛇とナメクジの合成生物のような器官がおぞましくも密生し、うごめいているのだった。それを見るや、誰もが嘔吐を始め、ご婦人方は失神してバタバタと倒れた。

その恐怖の生物は耳を破壊するような異常な絶叫を上げるや、餅ばかりでなく老博士を飲み込んだ。そして、血にまみれた翼を広げると、お餅の事故におののく私たちを置き去りにして、空のどこかに飛んでいった。

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カタログギフト

カタログギフトとは、みなさんご存知のとおり、結婚・内祝いなどの引き出物として、送られてくるカタログだ。受け取った人は、カタログに掲載されたさまざまなギフトから、好きなものを選び、商品番号をハガキに記して投函する。すると、しばらくしてその商品が届く、そんなものだ。

私はこのカタログギフトでよいものを選んだ記憶がない。親戚の結婚式で選んだパスタ鍋も、知人の結婚式でもらった、取っ手で回転させる式の野菜水切り器も、結局捨ててしまった。大きくて邪魔だったし、なくても問題がなかったのだ。カタログにはどうやら、判断力を曇らせ、不要なものを選ばせる魔力があるらしい。

先日も、このカタログギフトが送られてきて、パラパラと眺めていたのだが、次第にワクワクしてきた。気づけばハガキに覚えのない商品番号を書こうとしているではないか。ハッと我に返って番号を調べると、「桐のかつおぶし削り器」。またもカタログの魔術が、家庭でもっとも不要なものをまんまと選ばせようとしていたのだ。

あぶないあぶない。そう思いながら、なおもカタログをめくっていると、私は驚くべきものに出くわした。こ、こんなものが……思わず声が出た。

商品番号 69800-5683 
「最高級カタログギフトのカタログ」
《見るたびに夢が広がるときめきのカタログ》
高級感のある装丁に、なめらかな上質な紙を使用。日常生活や、通勤、旅行などさまざまなシーンで、心おどる商品に溢れたカタログをお楽しみください。
(*カタログのみ。商品のご注文はできません)

この究極のギフトがいつ届くかと、首を長くして待つ毎日だ。

苦い文学

最弱の異邦人

私は貧弱で、みすぼらしい人間だ。いや、そうした外観でも、内面が自信に満ちていればいい。だが、私には誇るべきものも、金も地位もなにもなかった。私はこの国では最弱の人間なのだ。

だから、私は外に出るのが苦痛だ。人々は私を人間として扱ってくれない。舐めてかかってくる。舌打ちで威嚇されることなどざらだ。誰ひとり、私となると道など譲らない。悔しいが我慢するほかない。

もっともつらいのは、駅みたいに混雑する場所だ。人々は平気で私の邪魔をし、突き飛ばしていく。まるで、私など存在しないかのようだ。私は歯を食いしばりながら、懸命に歩いていく。それしかないのだ。

そして、今日、駅で、あまりに多くの人々に突き飛ばされたせいで、私は傷つき力尽きてしまった。立つこともできず、フラフラと倒れこむ。だが、そのとき、力強い手が私を引き上げ、抱きかかえた。見れば、警官が脇で支えてくれている。

「大丈夫ですか」と警官は言った。「ちょっとおいで願えませんか」

周囲では、人々が私に携帯を向けながら「ぶつかりおじさん」と罵っていた。どの顔も憎しみでいっぱいだった。

苦い文学

はしゃぎすぎ問題

2024 年の外国人観光客数が 3300 万人を超え、いつのまにか観光大国となっていたニッポン。訪日外国人の増加とともに、観光地や交通機関などでの迷惑行為が問題となっています。

文化の違いなどさまざまな原因が考えられますが、やはりもっとも大きな要因は「はしゃぎすぎ・調子に乗りすぎ」でしょう。

外国人観光客はそもそも、観光するため、遊ぶため、日常から飛び出てハメを外すために日本に来ているのですから、はしゃぎすぎたり、調子に乗ったりするのは無理もありません。ただ問題は、いつも通りの日常を生きる私たちにとっては迷惑だということです。

外国人観光客の迷惑行為については、この違いを理解した上で、対策を講ずることが肝要です。

さて、私たちもまた、旅行中は、はしゃぎ、調子に乗るわけですが、いったいどんなときに、しらけてシュンとしてしまうでしょうか。それはもちろん、仕事やら出勤やら支払いやらの日常のあれこれを思い出したときです。としますと、訪日外国人の「はしゃぎすぎ問題」も同じように「解決」できるのではないでしょうか。

ここで、中国人観光客を例にとってみましょう。中国からの観光客は 600 万人を超え、訪日観光客全体の約 2 割を占めますから、「はしゃぎすぎ」による迷惑行為もかなりの件数に及ぶと考えられます。

では、これらの中国人観光客を否応なく現実に引き戻し、「ああ、結局帰らねばならないのだ……」とドンヨリとさせるにはどうしたらいいでしょうか。

もっとも確実なのは、最高指導者の習近平さんの顔を見せることです。中国の方々はこの顔を見たら故国での日常を思い出さずにはいられないのです。いや、むしろ、「はしゃぎすぎ問題」も、この顔がないから起きてしまうのではないでしょうか。

となると、私たちがすべきことは、観光地のあちこちに習近平さんの肖像を飾り、シールにして電柱に貼ったりすることです。主要な駅に銅像を建てるのもいいかもしれません。観光地で習近平マスクを無料で配布したり、そっくりさんに活躍していただくのも、効果的でしょう。

以上、中国人観光客についてお話ししましたが、他の国からの観光客に対しても、それぞれに有効な手立てがあるかと思います。また、私たちも、海外旅行のさいには、外務省の海外安全ホームページの「はしゃぎすぎ危険情報」を事前に熟読し、エッフェル塔の前での迂闊なポーズ等せぬよう十分な注意を払いましょう。