苦い文学

働く車たち

私は空港で飛行機に乗る機会があるたびに人生というものを学んでいく。なぜならそこにはおかしな形をした車で溢れているからだ。

頭でっかちで胴体のない車に、ヒラメのように平たい車。短いハシゴを背負った車に、電話ボックスの生き残りのような小さな車。空港以外のどの場所でも見ることのできない車たち。

思うにこれらは、普通の道では一瞬たりとも生きてはいけない車たちなのだ。

その生い立ちはきっと悲しいものにちがいない。なにか非人道的な実験のために無茶な改造を施され、その挙げ句に捨てられたのだ。あるいは、狂気の自動車工学博士がフランケンシュタインみたいに製作したものかもしれない。

これらの車たちが舐めた辛酸と差別を思うと私は苦しくなる。

だが、ここ空港では別なのだ。その普通とは違った形が実に役に立っているのだ。平たい車は航空機の部品を運ぶのにうってつけだし、階段を移植された車はなんとタラップ代わりになることがわかった。

どの車も楽しげに走り回り、立派に働いている。自信と尊厳に満ちたこれらの車を見ていると、私は思う。

「どんな姿形であろうと引け目を感じることなどない。絶対に役に立つ場所、必要とされる場所があるのだから」と。

悩み多き人生を歩む私は励まされたように感じ、心も軽やかに空へと飛び立つ。

苦い文学

入国審査の列(4)

あまりにも待たされる時間が長いので、しばしば倒れる人も出てくる。すると、前後に並ぶ入国者たちがとびついて励ますのだ。

「あともう少しだ!」「気を確かに!」「入国するときは一緒だと誓いあった仲間じゃないか!」

国籍を超えた友情が醸成されていたのだ。だが、倒れた者はかすれ声でこう答える。

「すまん。俺を置いて先に入国してくれ……」

「それはできない!」「この国に来るためにここまできたのに、諦めちゃだめだ!」

「いや……もう俺は先には進めない。入国審査官によろしく伝えてくれ……」

と、そのまま息を引き取る人もいるが、たいていはしばらくするとピンピンして列を離れて思い思いに商売を始める。荷物係もそのひとつだ。他には飲食を売ったり、怪しげなレートで両替を始めたり、順番待ちを代行したり、軽犯罪に手を染めたり……。

こんなふうに列の仲間どうしの別れもあれば、出会いもある。この列はさまざまな恋物語を生み出してきたのだ。

恋はきまって、列がすれ違うときだけに出会う男女のあいだで生まれる。列は幾重にも折り重なっているため、何度もすれ違うのだが、その短い逢瀬が訪れるたびに、ふたりは恋情をつのらせていく。視線を交わし、ドギマギし、やがて熱烈に見つめ合い、そしていつしか抱き合う。まるで七夕の織姫と彦星のように……。

だが、進み続ける列はそのふたりを無情にも引き裂いていく……。

ただ不思議なのは、ふたりの男女のあいだにいつのまにか子どもまでいることだ。恋人たちの出会いの瞬間は、かくしていまや家族の短い再会の時となる。

「お父ちゃん!」

「おお、坊主! ちゃんと勉強してるか! お母さんの言うこと聞かなくちゃダメだぞ!」

はなればなれのこれらの家族が、無事に入国審査を通過し、いつか一緒に暮らせるようなればいいと思う。もっとも、入国したさきになにが待ち受けているか、誰にもわからない。

苦い文学

入国審査の列(3)

誰だって荷物を持って延々と列に並んでいたくない。そんなわけで、人々はだんだん列の端にバッグやらリュックやら機内持ち込み可のスーツケースやらを置いて楽をするようになった。

その結果、列の両端にできあがったのが荷物の山だ。こうなると、もう誰も自分で荷物を移動させたりなんかしない。いや、そもそもできないのだ、他の荷物に埋もれてしまって。

もっとも、このころになると、どこからともなく現れた荷物係たちがそれぞれの山で管理を始めるようになる。

荷物係の仕事は2つある。ひとつは荷物がなくなったり、間違って持っていかれたりしないように、荷物に番号をふり、持ち主にその番号の記されたフダを渡すこと。もうひとつは持ち主が列の端に来たときに後ろの列にある荷物を探し出して、前の列の荷物係に渡すこと。もちろん、ただではない。持ち主は端にくるたびに、いくばくかの金額を支払うのである(ドル・ユーロの現金のみ。以前は円も使えた)。

有料ということもあり、並びはじめのころは、荷物を預ける人は少ない。だが、列が進むにつれ、疲労は蓄積し、手ぶらになりたがる人は増えていく。そのため、審査ブースに近づけば近づくほど、荷物の山は大きく高くなっていくのである。

そして、大惨事が発生する。荷物の山が崩れて、ちょうどそのとき端で列を作っていた人々が巻き込まれて、生き埋めになってしまうのだ。懸命の救助活動も虚しく遺体となって発見される入国者もいれば、タイムリミットの72時間を超えて奇跡的に救出される入国者もいる。

もっとも、救出された入国者たちを待ち受けるのは冷酷な現実だ。

列は災害のあいだにも無情に進み続けていたのだ。入国者たちは、割り込むことも許されず、結局、初めから並び直すこととなる。

苦い文学

入国審査の列(2)

いずれにせよ、この列に飲み込まれたら最後、もはや逃れられぬと覚悟しなくてはならない。

入国者たちは慄きながらいつ果てるともしれない行列に並ぶ。だが、そのいっぽう楽観主義が人々を支配するようになる。列は進むに進むから、入国者たちは期待を抱くようになるのだ。

「そうだ、あの国に入るまでもう一歩というところまで近づいたのだ!」

入国者たちはそれぞれ機内持ち込みの荷物を持っているが、並んでいるうちに、だんだん邪魔になってくる。そこで、奇妙な工夫を始めるようになる。

列は幾重にも折り重なっているから、列の端にきたときにその荷物を前の列のほうに置いておくのだ。そうすると向こう端に行ったのち、再び端に戻ってくるまで、手ぶらでいられる。

そんなことにまで気がついてしまったのだ。

そして、その荷物をどうするかというと、それをひょいと掴んでさらに前の列に置いておく。荷物など持たなくてよかったのだ。

だが、入国者たちのこの工夫が、のちになって、つまりずっと列の先で恐ろしい惨事を引き起こすことになろうとは、だれひとり気がつかなかった。

苦い文学

入国審査の列(1)

その国の入国審査はとびきり厳しいことで知られている。だけど、それにもかかわらず誰もがその国に行きたがって、もう激混みだ。

とても大きな空港なので、秒刻みに飛行機がやってきて、次から次へと人々が到着する。さまざまな国からやってきたこれらの人々を、じっくり容赦なく審査して、入国の可否を判定しなくてはならない。

もちろん、審査のブースがひとつ、ふたつなんてことはありえない。地球上のどんな空港よりも立派な空港だ。それなりの設備はある。審査のブースがずらりと並んでいる。端から端を同時に見渡せるような地点などないほどだ。

審査官だってたくさんだ。それこそ24時間体制で、審査という崇高な業務に当たっているのだ。審査のミスを防ぐために、頻繁に交代しなくてはならないし、また、休暇だって必要だ。病欠もあれば、産休もある。育休だって広がり始めている。

だから、ざっと見積もったところ、審査官の数はブースの数の10倍ぐらいだろう。

それだけの体制にも関わらず、入国審査は滞りに滞って、長蛇の列ができあがっている。列はブース沿いに端から端まで伸びている。そしてその端で折り返してさらにもう片方の端まで続く。そんなふうにして列は続き、もう幾重にも折り重なっているのだ。

入国したての人々を待ち受けるのはこの恐るべき列だ。なかには、並ぶまえから絶望し、もといた国に引き返そうとする者もいるくらいだ。

もっとも、帰国のフライトがあればの話だけど。

苦い文学

星を継ぐ者

「違う! 違います!」

地球人たちに厳しい声が飛びます。

「自分の力で声を震わせるんじゃないんです。みんなの声をひとつにしたとき、そこに共鳴が生まれるんです。あの振動が起きるのです! さあもう一度!」

「ワレワレハ宇宙人ダ」

「いいよ! いいよ! その調子!」

指導に夢中になっているのはウルファベンテレロ星人のモフジクーガさん。地球人に「ワレワレハ宇宙人ダ」を教えてもう1万年になります。

「ええ、1万年前のことは絶対に忘れられません」と、モフジクーガさんは楽しげに振り返ります。

「私が地球に初めて降り立ち、『ワレワレハ宇宙人ダ』と言ったときの地球人のあの素晴らしい反応ときたら! これまで60億年のあいだ、全宇宙をハイパードライブで駆け巡り、知性ある生物が暮らす星に降り立っては『ワレワレハ宇宙人ダ』を繰り返してきましたが、最高のリアクションでした」

モフジクーガさんが地球人にこの「ワレワレハ宇宙人ダ」を熱心に指導するのにはワケがありました。

「私たちの種族は滅びつつあります。と言いますか、ここ2億年のあいだ、私ひとりなのです。ですので地球の方々にぜひがとも『ワレワレハ宇宙人ダ』を継承してほしい、そして宇宙の星々を訪問してほしいのです。これが自分に残された最後の仕事だと思っています」

「ワレワレハ宇宙人ダ、ワレワレハ宇宙人ダ、ワレワレハ宇宙人ダ」

今日も太陽系に地球人の声が響き渡ります。

苦い文学

歴史の終わり

当たり前のことだが、時代を遡れば遡るほど、史料は少なくなる。

そこで、遠い昔を知るために、限られたその史料からその時代を再現することになる。しかし、史料が不十分なので、たいていはわからないことばかりだ。

もっとも、わからないことが多いことは悪いことではない。それは歴史研究の原動力だ。私たちが夢中になるあの「歴史ロマン」も、この「わからないこと」があってこそだ。

昔はカメラもビデオもなかったから、写真や映像といったものはまず史料としては残っていない。しかし、誰もがスマートホンを持っている現代では、それこそ「未来の史料」が無尽蔵に生産されるようになった。

やがて立体的な映像記録も普及するはずだから、そうした記録を活用すれば将来の歴史家は過去の時代をまざまざと体験できるようになるだろう。さらに、ネットを通じてあらゆることがデータ化されるため、未来の歴史家はますます簡単に過去を再現できるようになる。

だが、こうなったとき、いったい未来の誰が、歴史に興味を持つだろうか。すべてが記録されていてわからないことなどなにもないのだから、もはや「歴史ロマン」などないのだ。

それに、そもそも、すべてを完全に記録した史料があったとしても、いったい未来の誰がそれを見ようなどと思うだろうか。

録画してあると、かえって見なくなるのと同じだ。そのうち歴史は終わるだろう。

苦い文学

谷と岡

「最近なにかと話題の大谷翔平ってなんの人? 大岡昇平とどう違うの?」 そんなふうに疑問に思っている方も多いのではないでしょうか。

せっかくなので、大谷翔平と大岡昇平の違いを調べてみました!

まずは大谷翔平さん。調べたところ、なんと野球選手でした! 大岡昇平が小説家なのとずいぶん違いますね!

それ以外にも、調べてみたらこんなことがわかりました!

・WBCでアメリカと戦ったのが大谷翔平、WW2でアメリカと戦ったのが大岡昇平です。
・アメリカ人の心を捕えたのが大谷翔平、アメリカ人に捕えられたのが大岡昇平です。
・投手と打者の二刀流なのが大谷翔平、小説と批評の二刀流なのが大岡昇平です。
・伸びる打球なのが大谷翔平、『野火』を書いたのが大岡昇平です。
・素敵な夫人が評判なのが大谷翔平、『武蔵野夫人』が評判なのが大岡昇平です。
・羽生結弦と対比されがちなのが大谷翔平、埴谷雄高と対談しがちなのが大岡昇平です。

こうしてみると、大谷翔平と大岡昇平は意外にも共通点が多いということがわかりますね!

【まとめ】
いかがでしたか? 大谷翔平と大岡昇平のどちらも有名な方なので、うっかり間違えて使ったりしないように心がけたいですね!

苦い文学

配膳ロボットに就労ビザはいらない

和風居酒屋「桜丸」が夕方の支度をしているとき、入管の調査官たちがやってきて、立入検査をすると宣言した。外国人を不法に就労させているとの通報があったというのだ。

日本人の店長は調理場にいた3人の外国人従業員をホールに呼び集めた。調査官たちはひとりひとり、パスポートと在留カードを確認していく。1人目、問題なし。2人目、問題なし。3人目……学生だ。調査官は店長にこの留学生の労働時間の記録を出させた。ざっとみたところ、労働時間の違反はなさそうだ。調査官は店長に聞いた。

「ほかに外国人はいませんか」

「ええ、います。いまちょっと外に……」

そのとき、調理場のほうから電子音のやさしいメロディが流れた。「あ、戻ってきました」と店長はその外国人従業員を呼んだ。

店の奥から配膳ロボットが出てきた。配膳ロボットはやさしく歌いながら直角に曲がると、店長のわきで停止した。

調査官は言った。「パスポートと在留カードを見せてください」

すると、配膳ロボットは180度回転して向きを変え、メロディを奏でながら店の奥へと進み出した。

調査官たちはいろめき立った。「逃がすな!」 だが、店長が言った。「待ってください。取りに行っているだけです」

しばらくすると、配膳ロボットはお盆にパスポートと在留カードを載せて戻ってきた。

「ご注文の品をお取りください」とやさしい声が告げると、調査官たちはひったくるように奪った。パスポートと在留カードからわかったのは N-KU98-JTR5(28歳、男)のビザ・在留期限ともに問題ないことだった。

そのとき、ひとりの調査官が叫んだ。「待て!」 パスポートと在留カードの写真と配膳ロボットの顔を鋭い目で見比べている。

別の調査員も直ちに確認に入った。配膳ロボットのプラスッチックの四角い頭部と黒くて丸いセンサーをじっとみつめる……「いや、同一人物だ」 つまり、この店には不法就労者はいなかったのだ。

調査員がパスポートと在留カードを配膳ロボットに返そうとすると、配膳ロボットはくるりと回転した。「お済みになったお皿はトレー置き場に置いてください」

調査員たちは「今後も不法就労には注意するように!」と店長に言い残して、外に出て行った。配膳ロボットはあいかわらず電子音のメロディをやさしく歌っていた。

苦い文学

あの世の酒

「酒をやめるか、飲んで死ぬか」と脅されていた友人が死んだ。酒をやめられなかったのだ。

だが、死亡と診断されてから、1日後に息を吹き返した。そして、あの世で見た事柄について語ったのち、今度は本当に死んだのだった。

彼の言葉により、私たちはわずかながら死後の世界について知ることができた。彼が語ったことはおおよそ次のような事柄である。

・天国では親しい人々が出迎えてくれる。
・新人歓迎の酒盛りが始まる。
・手に持った盃に酒が次から次へと注がれる。それを必ず飲み干さなくてはならない。なぜなら、自分はこの天国ではいちばんの若輩者であり、先に死んだ先輩からの酒を断ることはできないからだ。
・そして、先輩たちは無限にいるのだ。
・注がれる酒は本当の酒だ。「天国のお酒も酔っ払うんですね」というと、「酔わないとしたらなんで飲むのか」と怒られてさらに飲まされる。アルハラがひどい。
・周りは酔っ払いばかり。というか、全員が酔っ払っている。
・酒は、ビールやサワー、ウィスキーはなく、まずい清酒のみ。その理由を聞くと「安い酒でも天国ではバカ高いのだ。富士山のジュースが高いのと同じだ。高い酒が飲みたければ、生前、善行をたっぷりしとくんだったな」と嘲笑。
・天国なので体を壊して死ぬこともできない。自分は永遠にこのまずい酒を飲み続けるのだということがわかってくる。

これらの事柄を語ったのち、彼は、私たちの目の前で再び息絶えた。恐怖と苦悶に満ちたその顔つきにはゾッとさせられた。

その後、私たちはいつものくせで「あの世で、先に逝った仲間たちとゆっくり酒を酌み交わしてください」と言ってしまった。たぶん悪いのはこれだ。