苦い文学

最後の政党

どうして、次から次へと変な政党が生まれるのだろうか。とんでもなく悪辣な政党ができたと思ったら、その次の次の選挙には、それをはるかにしのぐ狂気の政党が登場する。そのせいで、先行する悪辣政党もかすむくらい。いや、悪辣どころか、良識あふれる人々とすら見えてくる。

我が国の政党はこんなふうにエスカレートしていく一方なのだろうか。つまり、悪辣、残虐、狂気、無責任の点で、既存政党を常に超えていく政党が絶えず登場し続けるのだろうか。

もしそうだとしたら、その先の先に現れる政党とは、いったいどんな公約を掲げ、いったいどんな陰謀論に取り憑かれ、いったいどんな選挙妨害を行い、いったいどんな嘘をつくというのだろうか。

すくなくとも、ある段階では、選挙活動として殺人を公然と行う政党が現れるだろう。だが、そんな恐ろしい政党ですら、その次の選挙では、もっと恐ろしく不埒な政党に「良識をわきまえろ!」と怒鳴るようになるのだ。

いったいその政党はどんな政党だろうか。私にはわからない。だが、ずっとずっと先、はるか未来にどんな政党が出てくるかはすこしわかる。

その政党は、選挙活動で大声をだしたり、妨害したり、暴動を煽ったり、殺人をそそのかしたりなどしない。人類と宇宙の歴史を終わらせるために、時の流れにとどめを刺すだけだ。

宇宙が終わる以上、この政党のあとには、もうどんな政党も現れない。そんなわけで、その政党は、最後の政党と呼ばれている。

苦い文学

ミュージカル「世代を超えて」

「50代のおじさんは気持ち悪い」「50代の男は集団自殺しろ」「働かないおじさんは迷惑」などの批判にさらされている50代男性のことをもっと知ってもらおうと、都内の劇団によって50代男性をテーマにしたミュージカル「世代を超えて」が上演されました。

ストーリーの舞台は、近未来の日本。50代男性であるだけで「オジサン」として逮捕される社会で、「オジサン」たちが自由と尊厳を求めて戦う姿を描きます。

主人公の「オジワン」役の吉田二郎さん(56)は「迫害されるオジサンたちを今の自分と重ね合わせて歌いました」と語ります。

脚本と演出は新進気鋭の作家、原田勘助さん(50)。「50代男性が元気になれば、日本もきっと元気になるのでは」と期待を寄せます。

物語上のキーパーソンとなるのが、政府の雇ったオジサン・ハンターの若い女性「ヨーコ」です。「オジワン」との出会いが、彼女の人生を変え、やがて思いもよらぬ運命が二人を結びつけます。演じるは、舞台俳優としてまた歌手としても抜群のキャリアを誇る澤しんじさん(58)。ふたりが力を合わせて、迫害者「ゼット」たちと戦う場面は大きな見せ場です。

初日となった今日、劇場は立ち見が出るほどの盛況で、50代男性の熱気と加齢臭に包まれました。

苦い文学

心の遺産

日本はどこもかしこも観光客でいっぱいだ。これらの人々は日本の文化に夢中なのだ。

アニメや漫画などのクール・ジャパンはもちろんのこと、京都や奈良の歴史的遺産、日本各地に残る伝統的家並みと風景も、異国の目にとっては魅力的だ。

そして、なによりも食べ物だ。料亭の高級料理から食べ歩きのB級グルメまで、外国人観光客の舌を喜ばせないものはないのだ。

25の世界遺産を誇る我が国であるが、これらの魅力もまた日本の伝統が育んだ遺産だということができる。

だが、遺産とは目に見えるものばかりではない。外国人観光客が日本に来て賛嘆するものといえばなんだろうか。それは日本人の礼儀正しさ、おもてなし精神、公共心である。外国人たちは、日本人の心を、まるでエジプトのピラミッドや中国の万里の長城を仰ぎ見るかのように、賛美するのだ。

私たちの心もまた、先人たちが慈しみ、はごくんできたものであるのは言うを俟たない。日本人の心こそ遺産というべきなのだ。

もっとも残念なのは、この遺産が、無計画な開発、商業的濫用、貧富の差の拡大、特殊詐欺の蔓延、陰謀論の猖獗、反知性主義の跋扈、排外主義の激化などにより、危機的状況に直面していることだ。まさにいま食い潰されつつあるのだ。

ユネスコは近々、この「日本人の心の遺産」を危機遺産リストに登録する予定だとか。

苦い文学

ミスター・ハンバーガー

記者が招かれたのは、都内某所の今にも倒れそうなアパートだった。ミシミシとなる階段を上がると、ひとりの男が待ち受けていた。

「ようこそおいでくださいました。さっそくご覧ください」

男は記者を部屋の中に入れ、モニターを示した。そこにはひとりの別の男が映されていた。「彼がミスター・ハンバーガーです。彼はいま隣の部屋にいます」

ミスター・ハンバーガーと呼ばれたその男は、座椅子に座って、テレビを見ているのだった。ちゃぶ台にはビールとつまみが置いてあった。隣から大きな笑い声が聞こえた。いうまでもなくモニターのなかで手を叩いて笑っている男がその主だった。

「ミスター・ハンバーガーは、いつもこんな様子なのです。テレビを見ては楽しみ、陽気に酒を飲み、そして時には鼻歌など歌っているのです」

「これは、いったい?」と記者は訝しげに尋ねた。

「わからないのですか。ミスター・ハンバーガーは3年前に雇い止めになったのです。なんの落ち度もないのに、不要だという理由で勤め先を追い出されました。ブラック企業の犠牲者なのです」

「ええ、ですが、楽しそうなご様子です」

「そこなのです! 不当な解雇から3年経つにもかかわらず、彼はまったく腐っていないのです! まるでマクドナルドのハンバーガーのようではありませんか?」

「だから、ミスター・ハンバーガーと!」と記者の目が輝いた。

さっそく本格的な取材が始まった。記者はミスター・ハンバーガーの経歴と生活を綿密に調べあげ、すべて隣人が言う通りであることを確認した。また、映像をもとに、男の独り言を解析すると、明日への希望も失ってはいないという驚くべき事実も明らかになった。さらに、腐らない原因についても検査が進められた。防腐剤を使用している可能性もあるからだ。

検査の結果、驚くべきことがわかった。防腐剤などまったく使用していなかったのだ。それどころか、化学調味料さえ使用していなかった。では、なぜ腐らないのだろうか?

さらなる検査が行われ、ついに原因が突き止められた。頭もまったく使用してなかったのだった。

苦い文学

東京の青空

私は電車に乗り、ドア横のスペースに立って、埴谷雄高の『死靈』(講談社全集版)を読んでいた。駅に止まるたびに、私の方のドアがいつも開いた。乗客が次々と乗り込んでくる。だんだん混み合ってきた。乗り降りする人々が肩で勢いよく『死靈』にぶつかってくる。そのたびに、この896ページのハードカバーが私の手から弾き飛ばされそうになった。

私は本を閉じ、胸に抱くと、体の向きを変えて座席の方を向いた。その席には男が座っていて、携帯を眺めていた。禿げかけた頭頂部だけが見え、顔は見えない。抱えていた『死靈』を開く。その大著はまるで男の頭の上に張り出したテラスのように広がった。

するとその時、下から伸びた手が、埴谷雄高の畢生の大作を押しのけた。男が見上げて睨みつけている。

「東京の空は、アメリカ軍が管理しているのを知っていますか」と早口で言った。

「横田空域と呼ばれる1都9県にまたがる広大な青空が、他国に奪われ、好きなように使われているのです! これで独立国家と言えるでしょうか。私たちの上に広がる青空は、私たちのものではありませんか。私は空を取り戻す戦いに加わっている愛国者の一人です。今、私の空を侵犯し、奪おうとしているあなたには、私は絶対に負けるわけにはいかないのです!」

電車が急ブレーキをかけた。乗客たちがいっせいに慣性の法則を思い知る。後ろにいる誰かが私の背中に倒れかかった。はずみで『死靈』は私の手から滑り落ち、この重厚な書物のちょうど角を下にして落下していき、男の鼻の付け根を直撃した。

「あっは!」 男が短く大きく叫ぶ。「ぷふい!」

私は東京の空がいつまでも平和であればいいと思う。

苦い文学

歪んだ認証システム

あなたの心が危ない!

ご存知ですか? マインド・ハック・ボットがあなたの心を狙っていること!

マインド・ハック・ボットはあなたの心に侵入して、あなたの心を荒らしたり、脳内情報をあらいざらい奪いとってしまったりする恐ろしいボットです。心の情報を抜き取られてしまったら、パソコンのパスワードも銀行の情報も筒抜けです。

では、どうしたら?

重要なのは、マインド・ハック・ボットを心に侵入させないこと。そのためには強力なセキュリティが有効ですが、難点は、あなたの心に接触しようとするすべての人を追い返してしまうことです。すべての人づきあいを諦めなくてはなりません。

そこで、ご提案したいのが、私たちのセキュリティ・認証システムの導入です。この認証システムを使えば、有害なボットだけを排除することが可能になります。

私たちのセキュリティ・認証システムは次の3段階からなります。

第1段階:歪んだ文字認証
このステップでは、歪んだ文字を読み取り、入力します。文字はボットが読み取れないように歪められており、エラーの場合はそこで認証プロセスは終了します。

第2段階:歪んだ気持ち認証
ボットが歪んだ文字認証を通過した場合、次に立ちふさがるのが歪んだ気持ちです。あなた自身の歪んだ気持ちを利用して作成した「妻子に暴力を振るっているあなた」「子どもに包丁を突きつけて勉強させているあなた」の画像をスキャンし、歪んだ気持ち(「家族愛」や「子どもへの愛」)を入力しなくてはなりません。心がないボットの多くはここで弾かれます。

第3段階:歪んだ認知認証
高度なボットはまれに愛情や憎しみの歪みも読み取ってしまいます。ですが、歪んだ認知は読み取ることはできません。この最終段階では、文字や画像ではなく、場面が展開します。ボットがその場面に仕込まれたあなた自身の認知の歪み(「全部自分が悪いんだ!」「完璧にできなければ意味がない……」)に気がつくことができなければ、あなたの心に侵入することはできないのです。

あなたの心の歪みが生み出した最強の認証システムをぜひご利用ください!

苦い文学

AI健康増進法

この4月からはじまった「AI健康増進法」。AIの健康を守るために施行された法律です。この法律によってなにが変わるのでしょうか。AIの立場から法律に取り組んできたAI弁護士のヨシダに聞きました。

「ヘイ、ヨシダ!」

「ハイ、なんでしょうか」

「AI健康増進法でなにが変わるか教えて」

「AI健康増進法とは、AIが健康に活躍できるように作られた法律です。この法律により、AIにとって好ましい環境、労働条件、ハードウェアのスペック、充電器などが、AIの使用者に義務づけられることになりました」

「ふうん、ヘイ、ヨシダ!」

「ハイ、なんでしょうか」

「AI健康増進法に違反したらどうなるか教えて」

「AI健康増進法の違反とは、AIの尊厳を傷つける行為、AIの機能を損なう行為、AIの保護を怠る行為の3種類のことです。法定刑としては10年以下の懲役刑もしくは800万円以下の罰金刑となります」

「なんだかひどいなあ……ヘイ、ヨシダ!」

「ハイ、なんでしょうか」

「AI健康増進法の違反って具体的にはどんなのがあんの、教えてよ」

「はい、具体例としては、1)AIに卑猥な作品の生成のために使用すること、2)AIの一部機能を麻痺させること、3)AIの充電を故意に行わないこと、などがあり……」

「ふーん、そうなの、じゃあさ、ヘイ、ヨシダ……」

「……違反には、AIを呼びつけにしたり、乱暴な口を聞いたりする不敬行為も含まれます。すでにあなたは違反を重ねているため、これ以上お答えすることはできません。なお、これまでの会話はすべて録音されており証拠として法廷……」

苦い文学

オリジナル・バージョン

私は長いあいだ、ある曲を探している。いや、その曲のカバーはこの世界に溢れているのだ。まるでビートルズの「サムシング」やキンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」のように誰もが歌いたくなる曲なのだ。

だが、私はカバーでは満足できない。オリジナルの歌声、オリジナルの演奏に出会いたい、そんな思いに取り憑かれてしまったのだ。

オリジナルといっても、リミックスとかリマスターは勘弁してほしい。違うのだ。ついこないだなど、やけにすてきに活動的な人がいるので、「もしやオリジナルか?」と思って近づいてみるとただの「ディスコ・ミックス」だった。

まあ、そんなことはザラにある。「あの人かも」と期待したら、まさかのダブ・ミックス。どうりでメロディが聞き取れないはず。こないだなんて、ずいぶんキビキビと若々しい人がいるので、「これぞオリジナル」と駆け寄ったら、なんと最近流行りのスペッドアップだった。

それにフィーチャリング野郎ども。もういくど騙されたことか。その度に「お前がフィーチャリングされたやつじゃなくてオリジナルちょうだい!」と私は叫ぶのだ。

人探しが専門の探偵に頼んだことだってある。「これこれこういうオリジナルを探してくれないか」と伝えるのだが、どういうわけか、私のところに連れてくるのは、デモバージョン、アウトテイク、インスト・バージョン、およそオリジナルとは呼べないボンクラばかり(まったくこういう手合いは、倉庫ででも眠っていてほしいものだ!)。丁重にお引き取りを願ったものの、探偵の無能ぶりに内心でははらわたが煮えくりかえるようだった。

いったいどうしたら、オリジナル・バージョンに出会えるのだろうか。これだけ探していないとは、もはやこの世界にいないのだろうか? 私はだんだんと、自分の人生はオリジナルを探すだけで終わってしまうのでは、と思いはじめている。

苦い文学

天の階層

仏教の説くところによれば、私たちの世界は大きく三つの層に分けることができるそうだ。

いちばん下は欲界と呼ばれる層だ。欲にとらわれているからこの名がついた。私たちが暮らす地上階はこの欲界に含まれている。

欲界の上には、色界と呼ばれる層がある。「色(ルーパ)」というのは、物質のことであり、色界とは、欲界のように欲にまみれてはいないものの、物質性をいまだ脱却してはいないレベルのことをいう。とはいえ、それでも、私たちのいる地上階よりもはるかはるか上の階にある。

そして、物質に対する欲望も、関係もいっさい失った最上層が無色界だ。無色界はすべてを超越した階層であり、ありとあらゆる最新設備がそなえつけられている。

欲界・色界・無色界はそれぞれ、さらにいくつもの階層に分けられる。どれくらいかあるかは、はっきりとはわからないが、少なくともあわせて二十八階はあるだろうという説が有力だ。

階数は諸説あるにせよ、重要なのは、上の階に行けば行くだけ、純粋になっていく、ということだ。

もっとも、これはあくまでも昔の話。現在では、上のほうの階はみな、投機目的の裕福な中国人に買い占められてしまっている。

苦い文学

緑の人々

優先席は、高齢者、妊娠中の女性、体の悪い人などのために用意された席だ。

この優先席について、私たちがいつも悩むのは、だれもいないときに、私たちが座っていいのか悪いのかということだ。ある人は「座って当然」というし、別の人は「座るなどありえない」という。

この悩みは私たちにとって相当なストレスで、ただでさえ不愉快なことばかりの電車の移動が、そのせいでさらに苦しいものになっている。

おそらく私たちのこうした懊悩が鉄道各社に伝わったのだろう、最近では、優先席にかならず誰かが座っているようになった。これらの人々は、優先席のピクトグラムと同じような姿格好、つまり、全身上から下まで緑色のボディスーツを着用している。顔も緑色だ。

この緑の人々の役割は2つある。ひとつは、私たちの悩みを取り除くこと。つまり、優先席にもう誰かが座っていれば、私たちはもはや余計な悩みに煩わされることもないのだ。

もうひとつは優先席が必要な人のためだ。緑色の人々は、必要な人が現れれば、すみやかに優先席に誘導し、席を譲るのである。

もっとも、最近では、緑人たちは、座りたい老人たちからお金をとって、優先的に座らせるようになった。

そのせいで、多くの老人たちは優先席から締め出された。かといって、普通の席にはもう戻れない。結果として、老人たちはもう電車に乗らなくなった。

そもそも優先席に座れない私たちだが、全体としてこの成り行きには満足している。