「パヨクはお花畑、そう日本国民はおっしゃいます」と、案内人は私たちに言いました。
「そこで、みなさまにここにおいで願ったわけです」と、目の前に広がるお花畑を私たちに示しました。「日本の国民の方々は、お花畑という言葉で、私たちが何も考えていない愚か者だと嘲り、罵ります。ですが、よくご覧ください」
案内人は美しい花々に注意を向けました。「色とりどりに咲き誇っていると思いませんか? 考えてみてください。このお花畑を維持するのにどれだけの手間と時間かかっているか。それは決して簡単なことではないのです。ああ、ご覧ください」 案内人はお花畑の向こうからやってくる男を指差しました。
「あの方は、このお花畑の責任者なのです」 私たちはその園丁を見て笑わずにはいられませんでした。「男のくせにお花畑なんて!」 「男なら国を守るべきだろ!」
園丁は黙って軽く会釈をすると、屈んで花の世話を始めました。そのときです。一群の男たちが花畑にやってきて花を踏みにじり始めました。案内人が悲痛な叫びをあげます。すると、園丁は素早く立ち上がり、男たちの中に飛び込んでいくと、素手で格闘を始めました。パンチで撃ちのめし、回し蹴りを見舞い、当て身で突き飛ばし、たちまち乱暴者どもをなぎ倒しました。男たちは血まみれになって花畑の中に転がっています。
まるで映画のワンシーンのような光景に私たちは息を呑むばかりでした。案内人が興奮して叫びました。「あの方はああやって陰謀論者からこの美しい花園を守ってくれているのです!」
園丁は、筋骨隆々たる両腕を腰のあたりでぐいと引いて「押忍ッ」と私たちに挨拶すると、再び花の世話を始めました。
投稿者: 熊切拓
Homecomings@Zepp Shinjuku
Homecomings は 3 人組のバンドで、もともとはドラムがいたが今年の初めに抜けたそうだ。私はこのバンドについてあまりよく知らないが、10 月 25 日の Say Sue Me のライブでオープニングアクトを務めていて、それが良かったので、12 月 28 日に Zepp Shinjuku で行われたワンマンライブツアーの最終公演にも行くことにした。
新しいアルバム(see you, frail angel. sea adore you.)が 11 月末に出たばかりだったが、私はうかつにもほとんど聞かずに行った。10 月 25 日のときはギターバンドという感じで、それが気に入ったが、今回は新譜を中心にひたすら気持ちのいい音と曲を演奏し続けるというものだった。
MC もライブの半ばに 1 回だけ、アンコールもなし、というスタイルで、とにかく自分たちの音の世界を途切れなく提示することに集中したステージだった。照明の演出も非常に巧みで感心させられた。会場の後ろのほうだったので、あまりステージは見えなかったが、音の空間を味わうには十分だった。
たった 1 回の MC では、アルバムの制作の大きなきっかけが 1 月の能登半島地震であったことや、好きなことをとことんやった、というようなことを言っていた。社会問題に対する関心も曲作りに反映されているようで、そういえば 10 月 25 日のステージには「いますぐパレスチナ停戦と解放を!」みたいなボードがさりげなくアンプの下に立てかけられていた。
終演後、東京追加公演が 2 月 19 日に渋谷で開催されることが発表された。私はさっそく抽選に申し込んだので、運がよければまた行けるだろう。
未来の歴史
最近、研究者と知り合いになった。なかなか近づきになる機会もないので、私は思い切っていろいろ質問してみた。
なんでも歴史の研究者だという。「徳川綱吉とかですか」と私が尋ねると、研究者は笑って「ええ、それも歴史の研究ですが、少し違うのです。貴族の歴史を研究しているのです」
「貴族というと、江戸時代にはいないですよね」
「いいえ、いましたよ。ですが、私の研究しているのは昔の貴族ではなく、未来の貴族なのです」
「未来に貴族が?」
「ええ、未来世界では貴族がいっぱいなのです」 研究者は私に未来の貴族社会について教えてくれた。確かに銀河の皇帝はもちろん、伯爵や男爵で溢れているのだ。
「ところで」と研究者。「現在の日本には貴族はいませんよね」
「ですが、勲章はありますよ」と私は上級国民のことを思い出しながら言った。
「なるほど、それも貴族社会の名残のようなものですね。ですが、基本的には貴族はいませんし、そうした名残もますますなくなっていくでしょう。これは実は世界的な傾向なのです。貴族という身分制がなくなって、誰もが平等だとする民主主義が広がりつつあります」
「確かに。でも YouTuber は貴族みたいに威張ってますよ……」 研究者は私の言葉を聞かずに話しはじめた。
「ですが、おかしくありませんか? 世界が今後ますます平等になっていくのに、遠い未来ではなぜか貴族がたくさんいるのです。どういう歴史的な過程を経て、未来においてこの貴族が生まれたのだろうか、それが私の研究テーマなのです」
「大変なご研究ですね」
そのとき、この歴史研究者の隣にいた別の研究者が口を挟んだ。
「私も実は似たような研究をしているのです」
「なんと、それはどういった」
「フェミニズムの歴史です」
「というと、生類憐れみの令とか?」
「いや、フェミニズムとは、男性の一部としてではなく、ひとりの人間として女性も生きることができる、という考え方です。現在の世界ではこうした考えが徐々に広がっています。ですが、ここで問題があるのです」
「どんな問題ですか?」
「未来は、現在よりも確実に女性が自分らしく生きることのできる社会になっているはずなのですが、どうしたわけか、どの女性もみなビキニを着て宇宙を飛び回っているのです……いったいどういう歴史的な過程を経たのでしょうか……」
うさぎとかめ
私の人生は、まさに恥辱と侮蔑そのもので、喜びや歓喜とは無縁の寂しいものだ。生きる価値があるものかわからない。だがそれでも生きている。
もっとも、人生を終わらせたいとき、つまり、どこかの高みから身を投げたいときもある。そんなとき、私はいつもある物語を思い出す。その物語には不思議と私に命を捨てさせない力があるのだ。
それは「うさぎとかめ」という物語だ。
うさぎとかめがかけっこの勝負をするのだ。うさぎは足が速いからどんどん先に行ってしまう。かめはノロマでぐずぐず歩いている。うさぎは勝ちを確信して、途中で一休みして眠ってしまう。その間にかめは追い抜き、うさぎより先にゴールしてしまうのだ。
元気が出る。勇気が出る。そして、もう少し踏ん張ってみようという気になる。この物語にはそんな力がある。
うさぎはこの物語のために負け、その結果、この物語が語られるかぎり、敗者という汚名を着せられることとなったのだ。だが、この汚名を苦にして、うさぎが滅びたという話は聞かない。最大の恥辱も、うさぎを打ちのめすことはできなかったのだ。
同じく敗者であるこの私も、打ちのめされぬものであり続けたいと思う。
新しいサービス(終)
もうどれくらい経ったろうか。少なくとも三時間は経った。いや、数日、数週間、数ヶ月……私にはわからない。薬を飲まされるたびに、時間が恐ろしい速さで飛び去って行くようだ。
私はソファでずっと過ごす。ほとんど寝ているが、それでも待ち続けている。iPhone の修理が終わり、自分の名が呼ばれるのを。ああ、こんなことになるのならば、修理などに出さねばよかった。わずかなヒビなど放っておけばよかったのだ。私の家族はどうしていることだろうか。だが、家族などどうでもよい。私はただ iPhone に、ただ iPhone 16 Max Pro に会いたい。一目見て安心したい。
この待合室には、ときどき新しい人がやってくる。私は新入りを見つけるたびに、iPhone のことを聞く。ある者は iPhone 6 の修理待ちだ。またある者は iPhone 87 だと言った。私は気がついたのだ。私の iPhone 16 Max Pro などまったく最新ではないことに。そして、老人は iPhone 87 すら、古い方だと断言して憚らない。
「大きな戦争が終わる。その後に出たやつが私の聞いたうちではもっとも新しい」
私は尋ねる。「87 よりずっと後だというのならば、それは iPhone なになのですか。100 なのですか。どんな名前なのですか」
老人はずっと以前のことなので忘れたと言いながら、答える。「もう iPhone などという名前ではなかったな。サイボーグ? アンドロイド? みたいな……」
新しいサービス(8)
私は朦朧としたまま、どこか薄暗い場所で目を覚ました。ズキズキと痛む頭を巡らせて、自分が馴染みのない場所にいることに気がついた。立ち上がると、あちこちに黒い大きな物体が転がっているのが浮かび上がってきた。ソファだ。私はすべてを思い出し、エレベーターに向かって走り出し、ソファにつまずき、転んだ。人の唸り声が聞こえた。私はかまわず壁に駆け寄り、叫んだ。
「出してくれ!」
私は誰かに掴まれ、その瞬間、全身の力が抜け、倒れた。
再び目を覚ましたとき、私はあの明るい待合室にいた。飛び起きたかったが、体が動かなかった。老人が現れ、私の体に手を置き、小声で言った。
「静かに! また酷い目に遭うぞ」 老人は私が大人しくしているのを見て続けた。「まずは私の話を聞くんだ。私たちはみな、ここで自分の iPhone の修理が終わるのを待っている。問題は、私たちはあまりにも iPhone のある生活に慣れすぎて、なしでは不安になってしまうことだ。だから、私たちは修理が終わるまでのあいだ、ここに滞在することを選んだのだ。定期的な投薬も、不安を和らげるためだ」
「そんな、同意もなしに……」
「いや、同意したはずだ」と老人はささやいた。「ここに来る前にサインをしたのではないかね」
新しいサービス(7)
そのとき、待合室の奥の扉が開き、スタッフたちが入ってきた。皆、白い服を着ていて、二人組でソファに座る客たちのところに散っていった。そこで客を囲んで、何やら話している様子だ。
やがて、私たちのところにも、二人組がやってきた。老人は慣れているのか、口をモゴモゴさせて挨拶をした。すると、ひとりのスタッフがカプセルのようなものを差し出した。もうひとりが紙コップに水を注ぎ、老人に渡した。
老人はなにも言わずに、薬を水で流し込んだ。「で、私の修理はまだですか」と老人が尋ねると、スタッフは「もうすぐですよ」と答え、私のほうを向き、薬を差し出した。
「これは、なんですか?」
「薬の時間ですよ」
「いや、薬なんて必要ないですよ」
「そういうわけにはいきませんよ」
「いや、いらない」
「困りましたね。大人しく飲みましょうよ」
私は急に腹が立ってきた。「俺はこんなものはいらない!」 私は別のスタッフが差し出した紙コップを手で払った。水が床に跳ね飛んだ。「もういい、下に行く!」 私が立ち上がったとき、スタッフたちが私の肩を掴んだ。私はさらにカッとなり、その手を外して、スタッフを押し返した。「なんだ! やめろ!」
その次の瞬間、私は急にスタッフたちに組み伏せられた。苦しさに絶叫したことは覚えているが、それだけだ。
新しいサービス(6)
見ると、白髪の粗末な服を着た男が私のそばに立っているのだった。「戸惑っていらっしゃるようなので」
急に声をかけられて私はなんとなくイヤな気分になったが、平静に答えた。「ええ、ちょっと思っていたのと違うので」
「皆そうなのです。私も初めはそうでした。ですが、もう慣れました」
「そうですね。座って休めるだけ、ありがたいというものです」
「ときに、修理に出されている iPhone はなんですか?」
「16 Max Pro。最新のです」 私は胸を張って答えた。発売日に手に入れたと付け加えてもいいくらいだった。だが、老人はピンときていないようだった。
「ほほう。というと、何年のでしょうか」
「今年、いや、ほんの数ヶ月前のです」
「ええ、そうでしょう。ただ何年か知りたいのです」
「2024 年に決まっているでしょう」 私はこの老人が少しおかしいのだと気づき始めていた。会話を打ち切りたかったが、老人はそうさせなかった。
「2024 年! iPhone 16! なるほど。で、戦争は?」
「戦争? まだ続いていますよ」
「うーむ。これは面白い! なにしろニュースというものがここにはないので。あっても断片的で。ですので、新しく来られた方に聞くしかないのです。ちなみに、私が出しているのは iPhone 4 です」
「え、それはまた! ずいぶん使われたんですね!」
「いえ! いえ! それほどでもないです。あなたが思っていらっしゃるほどでは!」
新しいサービス(5)
私は近くのソファに駆け寄ると、まるで飢えた人のようにテーブルの上の iPad を手に取った。Safari を開くと、すぐに Apple のサイトが出てきた。
だが、そこからどう操作しても、Apple の商品紹介以外のサイトに行けないのだった。私は手を伸ばして別の iPad も試してみた。しかし、まったく同じだった。iMac のあるデスクにも行ってみたが、やはりApple のロゴ以外の世界に進むことはできなかった。
私は紙コップにコーヒーを入れ、ソファに戻った。周りの人々を見回す。はじめに入ってきたとき、私はこれらの人々がそれぞれ広いネット世界に接続されているように思ったが、実はそうではなかった。よく見ると、ただ目を瞑っているか、ぼんやりと画面のリンゴを見つめているだけなのだった。
私はコーヒーを啜り、ため息をついた。確かに、ここはネットカフェではないのだからしょうがない。だが、いったい今、世界はどうなっているのだろう。この瞬間にどんなニュースが入ってきているのだろう。そして、自分の LINE とメールにどれだけのメッセージが送られてきているだろうか……そのすべてから遮断されていることに私はイラ立ちを感じ、再び大きなため息をついた。
すると、そのとき、背後から誰かが近づき、私に話しかけた。
「まだここに来られて間もないようですな」
新しいサービス(4)
エレベーターから降りると、目の前にはホテルのラウンジのような空間が広がっていた。白いレースのかかった窓からは穏やかな光が差し込み、ソファに座る人々を包み込んでいた。そこここにデスクが置かれ、人々はその上の iMac の画面を見つめている。ラウンジの中央には円形のテーブルがあり、その上にはコーヒーサーバー、水差し、ジュースの入った大きな瓶、スナックやお菓子が並べられていた。
「なんだ、初めからここにいればよかったのだ。なんであのスタッフは教えてくれなかったのだろう!」
もっとも、この素晴らしい待合室を前にして、私は怒る気も失せたのだった。そのとき、私の目の前に、スティーブ・ジョブズが忽然と現れた。
「お名前を……」 驚きを押し包みながら名乗ると、ジョブズ、いやもちろんジョブズにそっくりなスタッフは細い指で iPad を操り、私の名前を探りあてた。
「では、お荷物、貴重品をお預かりいたします」 彼が iPad を叩くと、小さなテーブルがスッと足元にやってきて止まった。「この上にお載せください」
私がショルダーバッグを置くと、テーブルの表面が輝き、その端からレシートのような長いテープを吐き出した。スタッフは屈んでそのテープをちぎり、私に差し出した。
「これを手首に巻いてください。お荷物お受け取りのさいに必要です」
私が巻きつけようとそれを左手首に当てると、ひとりでに巻きついて紙の腕輪になった。