苦い文学

私人逮捕

交番に男がひとりやってきて、警官に大声で話しかける。

「お巡りさん、現行犯で私人逮捕したので連行してきました! さあ、きりきり歩け!」

「逮捕? 誰?」

「はっ、自分であります! 自分で自分を私人逮捕したのです! ちくしょう! 捕まっちまった!」

「公務執行妨害以外思いつかんが、なんで?」

「リベンジポルノの現行犯です! やめてくれ! 俺は無実だ!」

「リベンジポルノ? では、元彼女かなにかの性的な写真や動画を、ネット上でばら撒いたと?」

「違うのです。こいつは、自分に対して教育虐待をした親へのリベンジとしてポルノを朝から晩まで見まくっているのです。私はその現場に踏み込み、現行犯逮捕しました! とんだリベンジポルノ野郎です! さあ、お巡りさん、こいつに法の裁きを!」

と、男、警官の目の前でドッカと座り、腕組みをして叫ぶ。

「ええい、ここまできたらしょうがねえ。さあ、煮るなり焼くなりするがいい!」

警官、男を追っ払う。すると別の男がやってくる。

「お巡りさん、リベンジポルノの現行犯で自分を私人逮捕しました! 不当逮捕だ! 弁護士呼べ!」

「またか」

「こいつは、元カノとの素敵なエピソードをネット上で公開する、リベンジ感動ポルノ常習犯で……」

苦い文学

反排斥運動

みなさん、こんにちは。「あほうの党」党首です。今日はみなさんに私たちの党の信念を知っていただきたく、この場に立ってお話しさせていただいております。

まず、現在、私たちが大いに関心を持っていることから始めさせてください。それは外人排斥運動です。

嘆かわしいことに、現代の日本では外人を嫌い、憎む外人排斥運動が広がっています。私たちはこの状況をおおいにうれいています。

日本は素晴らしい国です。日本人は勤勉で真面目で優しくて思いやりがあって嘘を付かない国民です。その日本で外人が排斥されるなどあってはならないのです。

私たちは日本の伝統を守り、受け継ぎ、後世に伝える尊い責務があります。だからこそ、こんなことが許されてはいけません。日本の恥です!

外人を守り、大切にし、受け入れることが重要です。あほうの党は、外人を排除する風潮には断固として反対します。

さあ、みなさん、これからは外人です! 由緒正しい外人を堂々と使いましょう! 外国人などという言葉を、憲法と一緒に押し付けた外人どもから、日本をとりもどすために……

音楽

名曲考察「傘がない」

今日、取り上げるのは「傘がない」。言わずと知れた井上陽水さんの名曲です。では、この曲がどうして名曲と言われるのでしょうか。

初めにバックグラウンドを少々お話ししますと、この曲は井上陽水さんの2枚目のシングルで、1972年7月にリリースされました。「政治問題など関係ない。自分にとっては、雨のなか傘がなくて恋人に会いにいけないというのが問題なのだ」という内容が話題になりました。そんなことから、学生運動が盛んであったいわゆる「政治の季節」以後の、新しい若者像を描いた名曲だと評価されています。

ですが、私はそうした見解にちょっと異議あり、なんですね。まずは歌詞をご覧ください。

  都会では自殺する若者が増えている
  今朝来た新聞の片隅に書いていた
  だけども問題は今日の雨 傘がない

たしかに「自殺の問題よりも傘のほうが大事」と読めます。ですが、これは詩です、歌です。文として読んではいけないのです。全体的にイメージとして捉えるということが重要になってきます。では、どんなイメージが浮かび上がってくるでしょうか。

そうです。「傘がないと自殺する」というイメージです。

では、サビの部分を見てみましょう。これは次のようなものです。

  行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
  君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
  冷たい雨が 今日は心に浸みる
  君のこと以外は 考えられなくなる
  それはいい事だろ?

この部分は従来「恋人(君)に逢いたいのに傘がなくて困っている」と解釈されてきましたが、どうでしょうか。わたしはずばり「君」とは「傘」のことだと思います。

「傘がない」という人が真っ先にすることはなんでしょうか? 傘を探すことに決まっています。それを「君に逢いに行かなくちゃ」と擬人化し、「もう傘のこと以外考えられなくなっている、それはいい事だろ?」と歌っているのです。

なぜ「いい事」なのでしょうか? 雨が降っているからでしょうか?

いいえ、傘は私たちの魂だからです。歌の冒頭で、傘のないことが自殺に関連づけられていたのは、これを詩的に暗示するためだったのです。「傘がない」が名曲なのは、魂を見失いがちな現代人の傘を見事に描ききったからなのです。

「傘がない」における傘の不在という問題は、のちにもうひとつの名曲「夢の中へ」での「探し求められる傘」として発展的に取り扱われることとなります。ですが、これについてはまた稿を改めて、論じさせていただきたいと思います。

苦い文学

ぶつかる人

上野駅の構内を歩いていたら、急に後ろから押された。振り向くと、見知らぬ男が倒れかかってきたのだった。驚いて押し返すと、男は別の通行人のほうへとよろよろと進んで行った。

通行人はとっさに男を突き飛ばした。男はその勢いのまま壁に激突し、跳ね返され、床に倒れた。

「これはただごとではない」と私は駆け寄った。よく見ると、手は擦り傷とあざで二目と見られないありさまだ。顔はあちこちが腫れて膨れ上がり、鼻血が流れでていた。明らかに暴行の被害者だ。

あわてて介抱しようと手を差し伸ばすと、男は手で拒み、苦痛に呻きながら立ち上がった。そして、おぼつかない足取りで歩き始め、今度は大きな柱に頭からぶつかった。

「大丈夫ですか!」と私は叫んだ。男は柱に跳ね飛ばされながら「ええ! 大丈夫です!」 こう言った直後、男は自動販売機に正面衝突し、「というのも、私はなんにでも」と叫ぶ。

と、外国人観光客のスーツケースにつまづいて転ぶ。「いたっ、ぶつかるたちなのです」

苦悶に歪んだ顔で「ですのでー」と男は叫ぶと、高校生たちが現れた。男はそっちのほうに突進する。

若者たちは男の接近を手で防ぎ、笑い声を上げながら強く跳ね返す。男はまるでボールのように転がっていく。

「私は! 私は!」と男。その先にはエスカレーターがある。その手すりに激しく衝突する。脇腹を苦しげにさすり、大声で叫ぶ。

「卑劣なぶつかりおじさんではございません!」

男はエスカレーターにばたりと倒れこみ、そのまま上方へと運ばれていった。

苦い文学

日本脱出

近い将来、日本人たちは、この日本という国を捨てるべきだと考えはじめるだろう。

「私たちはいつまで地震に打ちのめされねばならないのか。津波の悪夢にうなされなければならないのか。いつまで涙を流さなければいけないのか。私たちはもはやこの島にはいられない。地震も津波もない土地で、幸せに生きるのだ」

「そうだ、どんなに酷い土地であろうと、揺れさえなければ、私たち日本人はなんとかやっていける!」

国家プロジェクトとして、さっそく新しい日本の候補地探しが始まった。世界中のあらゆる無人地帯が徹底的に調査され、その結果、ついに2つの候補地が浮上した。

赤道直下の灼熱の不毛地帯と、極北の広大な永久凍土だ。

どちらも、その地下にはいかなる断層もなく、少なくとも数万年の間、揺れた形跡はなかった。

そのいっぽう、2つの候補地には重要な違いがあった。不毛地帯を選ぶ場合、日本はその所有国に天文学的な金額を支払って購入しなくてはならなかった。いっぽう、永久凍土のほうは、その所有国に年ごとの使用料を払わねばならなかった。

「つまりこういういうことだ」と人々は叫んだ。「持ち家か、賃貸か」

永遠に結論の出ないこの問題をめぐって、日本中が真っ二つに割れた。いたるところで議論が繰り広げられ、そのうち激しい天災がやってきて、日本は沈没してしまった。

苦い文学

間違いだらけの優良講習

このたび、県警から表彰されることになった。5年間の運転が評価されて、優良運転者と認められたのだ。

思えば、5年前、はじめて免許の更新に行ったとき、つらく悲しいビデオばかり延々と、いや永遠と見せられて、もう絶対にこんな目には会うまいと決意したのだった。そのとき以来、私は優良運転者を目指すようになった。

いつだって安全運転だ。制限速度はきちんと守り、どんな標識も見逃さなかった。横断歩道では必ず止まった。人がいなくても止まったこともある。

そればかりではない。私は車に乗っていないときも、恥ずかしくないような生活を送るよう心がけた。なぜなら、すぐれた運転はすぐれた生活から生まれるからだ。酒と薬物に溺れた生活からは安全運転は生まれない。

優良運転者にふさわしい教養を身につけることだって大事だ。徳大寺有恒先生の著書を何冊も熟読し、その結果、どんなときでも「メルツェデス」「ジャグァー」「シトローエン」と言えるようになった。

そうした私の研鑽ぶりが現場の警察官たちの目に止まり、優良運転手として県警に推薦されたのではないかと思う。

明日は、いよいよ優良講習の日だ。着ていく礼服も準備万端だ。副賞があるものかわからないが、もし金一封があれば、被災地に寄付したい。

苦い文学

犬の首風雲録

犬は人間だろうか。最近、そんなふうに思わされる出来事が多い。この間など、犬を「ひとり、ふたり」と数えていている人がいた。「匹」ではないのだ。その人に「エサあげたか」と聞いたら怒られた。「ご飯」なのだそうだ。

また、痛ましい飛行機事故をきっかけに「犬は貨物ではない。飼い主と同乗できるようにしてほしい。そうすれば事故のときに一緒に逃げられるから」という人々も現れた。こうした発言は「いや、犬は手荷物なので一緒には逃げられない」「アレルギーの人はどうするのだ」などと大いに炎上した。それはさておいても、犬を人間あつかいする人が確実にいるのだ。

さらに、今日、韓国では犬食禁止令が出された。犬を食べることは、もはやカニバリズムとみなされるようになったのだ。これも犬の人間あつかいだ。

いや、これを人間あつかいと呼ぶべきだろうか。むしろ、より正しくは、犬が人間の方向へと進化を始めている、というべきではないだろうか。

太古の昔、犬は狼だった。それが人間との接触によって犬となったのだ。ならば、さらに犬から人間へと進化してもおかしくはない。

いつの日か、犬は犬であることを脱し、人間となるだろう。そして、犬たちは堂々と機内に乗り込むだろう。「フィッシュ・オア・ミート?」との問いかけに、自分が食べられていたことも忘れて「ミート」と答える時代が来るだろう。

そのとき、貨物室にいるのはもしかしたら、あなたのような人間たちかもしれない。

苦い文学

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苦い文学

千葉の熊

「千葉県は最強の県なのです」と語るのは吉田九郎さん。「美しい海もあれば峨々たる山もあります。海産物も野菜もないものはありません。東京ディズニーランドと成田空港がある県などほかにあるでしょうか。ですが」と声を曇らせます。

「最近、千葉に欠けていることが明らかになりました。それは熊です」

千葉県には熊がいないのは、関東平野に囲まれ、利根川で本州と切り離されているという地理的な要因によるものだとされています。

「そうだとしても、最強の県に最強の動物がいないっておかしくないですか?」 吉田さんはこう問いかけて笑います。

他県で熊のニュースが流れるたびに悔しい思いをしていた吉田さん、千葉を熊の住む県にするため、いくつかのプロジェクトを立ち上げてきました。熊の千葉県移住を促進するウェブサイトを制作したり、利根川に鮭を放流してみたり……ですが、どれもうまくいきませんでした。

すっかり手詰まりになった吉田さんにある日名案が浮かびます。「そうだ、熊になろう、と。ええ、熊を連れてこようという発想がそもそも間違っていたのです。『いないなら私がなろうツキノワグマ』 戦国武将の発想です」

現在、吉田さんは、千葉の山奥で黒い毛布をかぶってひとりで暮らしています。

「日を追うごとに自分が熊になりつつあるのを感じています。ガオー」

千葉の熊第1号が人々を襲いはじめるのもそう遠くないことかもしれません。

苦い文学

終わりの始まり

ニュースで誰かが預言者よろしく「これは終わりの始まりといえるでしょう」と語ったとき、私たちはその空虚な響きに驚愕した。

「終わりの始まりだと!」

私たちはどんなに頑張っても、この「終わりの始まり」を否定もできなければ、偽だと暴くこともできなかった。

「終わりの始まり」……終わったと言いきっているわけでもない。と同時に、なにか別のことが始まったとも主張しているわけでもない……いや、それどころか、なにひとつ言っていないのだ!

なぜなら、どんなことだって始まったからにはいつか終わるのだから。つまり、なにかの始まりとは、すでにしてなにかの終わりの始まりなのだ。そして、なにかが存続するかぎり、終わりの始まり状態が続く……。ああ、「終わりの始まり」とは終わらないということだ!

なんと禍々しい言霊だろうか。この言葉を使う者は絶対に正しく、だれひとり反論できない。もう無敵なのだ。まるでこの語句には真実という頼もしい味方がついているかのようだ。

このような言葉を許してもいいものだろうか? 「徹底的にこの言葉に抵抗しよう!」私たちはついに立ち上がった。終わりの始まりの終わりの始まりのために……。