散文

進化への促し

9 月の半ばに、iPhone の新しい OS、iOS 26 がリリースされた。私はさっそくアップデートしたが、それ以来奇妙な問題に悩まされている。

私は尻のポケットによく iPhone を突っ込んだままにしている。どういう具合かわからないのだが、いつの間にか音量が上げられ、聴いている途中の音楽やラジオが再生されてしまうのだ。周りにその音が聞こえて恥ずかしい思いをする。

また、私はシャツの胸のポケットに iPhone を入れておくこともある。すると、やはり勝手に音楽を流したり、止めたり、別の曲の演奏を始めたりするのだ。

私は iPhone をケースなしの裸で使っている。そして、尻のポケットにせよ、胸のポケットににせよ、内側に向けて入れている。とすると、私の iPhone を勝手に操作している犯人は、私の尻と乳首しか考えられない。

思えば、男性の尻と乳首は不思議な存在だ。まず尻だが、女性の尻に比べて男性の尻は小さい。これは不必要だから進化の過程で縮小してきたものと考えられる。そして、乳首は言わずものがなだ。男性の乳首は進化に取り残された不要物だ。

男の尻と乳首、進化の過程で見捨てられた存在が、なぜ今になって急に iPhone を操作しはじめたのだろうか。新しい OS に仕組まれた AI が、これらの不要物に進化を促している、そんな気がしてならない。

苦い文学

リベラルな邸宅

私は長いあいだ、リベラルとして生きてきた。そのせいか最近、暮らし向きがとみに向上してきた。ネトウヨ貧困層とはずいぶん格差が開いてしまったが、私としてはこの格差社会をなんとかしたいと思っている。

それはそうと、経済的なゆとりができたので、私は家を建てることにした。設計は、進んだ思想の持ち主のリベラル建築家に頼んだ。

建築も長年のリベラル仲間にお願いした。環境にやさしくて、安全よりも人権第一の建設会社だ。

そして、ついにリベラル邸宅が完成した。設備は最新式で、ネトウヨがしがみついている古臭いシステムはいっさい排除してある。堅固な防犯システムも備わっていて、ヘイトや陰謀論はまさに侵入不可能。

それでいて、オープンでインクルーシブなのだ。毎週末には、リベラルな集会を開いたり、貧乏人を招いて豚汁をふるまったりして、面白おかしく過ごすつもりだ。

本当に素晴らしい住宅なのだが、住んでいるうちに重大な事実が発覚した。

それは床の上にテニスボールを置いたときにわかったのだ。テニスボールが転がっていかないではないか。

なんと家が傾いていなかったのだ。とんだ欠陥住宅だ!

「日本の右傾化を食い止めるために、家を左に傾けて建ててほしい」

私のこんなリベラルな要望が、設計の段階で先方に伝わっていなかったとは、まことにもって残念だ。

苦い文学

効果のあるガス

「今、日本が危ない! 私たちは美しい日本を取り戻さなければならない!」 そう叫びながら、真の愛国政党が政権を握ったとき、私たちは拍手喝采した。なぜなら、この政党だけが日本を守ってくれると確信したからだ。

愛国政府は、我が国を敵対する勢力を厳しくやり込める政策をどんどん実行していった。私たちは胸がすくような思いで応援した。

愛国首相がこの世界の真実を暴いたときも、私たちは大喜びしたものだった。

「GHQ は日本を破壊しようと数多くの卑劣な企て行った! そのうち最大のものが日本の四季の破壊だ! 反日勢力は気象兵器で温暖化なるものを引き起こし、日本の春と秋をなくそうとしているのだ。なぜなら、桜咲く春と紅葉彩る秋は、日本精神にとってかけがえのない季節であり、これを破壊することによって日本精神を根絶やしにしようとしているのだ!」

首相はこの歴史に残る演説を続けた。

「温暖化など、反日勢力が日本を滅ぼすために捏造した嘘にすぎない! 我々はこれら卑劣な反日勢力を一掃し、気象兵器に対抗しなくてはならない! 日本の四季を取り戻そう!」

私たちはこの演説を聞くや、すぐさま街頭に繰り出して、パレードを始めたものだった。

そして、ある日、政府は反日勢力の弱点が見つかったと発表した。奴らがきらいなのは、なんと温室効果ガスだったのだ。

私たちはこれを聞いたとき「なるほど、それで温暖化などでっち上げ、ガスを減らそうなどとのたまっていたのか」とあきれ、この策略を見抜いた我が政府の慧眼に感心した。

政府はさらに発表した。「反日分子かどうかは、温室効果ガスを吹きかければすぐにわかる」

ただちに日本中に「反日分子判定センター」が建設された。そこには温室効果ガスで満たされた小部屋がいくつもあって、反日分子はその中では生き延びることはできない。

このガスにそんなありがたい効果があったとは!

私たちは歓声を上げながら判定センターに押し寄せ、今、その前で列を作って、入る順番を待っている。

苦い文学

洞窟のたとえ

古代ギリシアの哲学者、プラトンはその主著の一つである『国家』で「洞窟のたとえ」と呼ばれるある情景について語っている。それはこんなものだ。


あなたは地下の洞窟で、奥の暗い壁だけを見ながら暮らしている。あなたの背後には壁があり、その壁のさらに向こうでは火が燃え盛っているのだ。

壁と火の間には通路がある。あなたには振り返って見ることのできないその通路を、人々が通り過ぎていく……ただ通り過ぎていくだけではない。この世の事物(馬とか、犬とか、人間とか、あるいは愛とか正義とかの像)を手に持ち、ちょうど人形芝居のように壁の上に掲げながら、次から次へと歩いていくのだ。

それらの像は炎の前を通るから、その影が、洞窟の奥の壁に投影されることになる。

そして、あなたはといえば、壁にうずくまり、洞窟の壁面だけを見ている。次々と現れ消えていく馬や犬、人間の影を見ては、あなたは思うのだ。「これこそ世界だ、これこそ本物だ」と……。


この「洞窟のたとえ」は、従来は、プラトンのイデア論との関係、つまりイデア世界と人間の感覚世界の違いを述べたものとして理解されてきた。

だが、現在では、最古の動画ストリーミング配信の記録だと考えられている。