散文

詐欺でない本

昨日は、Amazon で売られている詐欺の本について書いたが、今日はやはり Amazon の詐欺ではない本について書きたい。

詐欺の本ではないということは、なんの問題もない。私はこのことについて Amazon を責めるつもりはないし、またそうすることもできない。だが、私は納得できないのだ。

これも洋書の購入にさいして起きることだ。私は先日、ネパールの現代文学の英訳アンソロジーを購入した。著者の Michael James Hutt は、ネパール語の本も出している研究者だ。1991 年に出た本で、出版社は University of California Press。これもあやしい出版社ではないのはもちろんだ。

しかし、注文したペーパーバックが届いたとき、表紙の質感を見て私は「またか」とがっかりした。裏表紙をめくると、思った通りのことが書かれていた。

Printed in Japan
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つまり、オンデマンドで日本でプリントしたものだ。もちろん、これは海賊版ではなく、Amazon がしかるべき許可を得てやっているものだ。

だが、私が欲しいのはこれではなかったのだ。30 年前にアメリカで印刷されたオリジナルが欲しかったのだ。内容になんの問題もないが、コピーはコピーでしかない。

Amazon 側にもいろいろな事情があるのだろうが、私はしばしばこの「Printed in Japan」に出くわして、悔しい思いをする。それで、古い洋書を買うときは、Amazon ではなく、洋書を扱っている販売元のものを選ぶようにしている。そうすれば、確実にオンデマンドではないオリジナルが手に入るからだ。

だが、もはやそれも確実ではない。pdf を印刷・製本したものが送られてくる可能性もあるからだ。これはいったいどういうことだろうか。もしかしたら、紙の本に執着する人間をいじめて、電子書籍の軍門に降らせようとしているのだろうか。

苦い文学

人生の回り道

人生回り道協会さま

突然のお便り失礼致します。

「人生は回り道、人生をゆっくりと回り道をして楽しもう」という貴会の活動に励まされているものでございます。ですが、貴会の主張が広まるにつれ、これは本当に回り道かな、これは回り道の詐称では、と思わされることも多くなりました。

ひとつ例を挙げれば、「人生に無駄はない、回り道をしよう」をモットーに活動している方がいらっしゃるのですが、その方の経歴を見て驚きました。

「進学校に入学。4年かかって高校を卒業(アメリカに留学という回り道)。東京大学に入学(在学中、1年留年。若くして起業するという回り道)。大学を卒業後、しばらく就職せず(世界放浪という回り道)。その経験を書いた旅行記『人生は回り道』がベストセラーに」

これは果たして回り道でしょうか? これはインチキ回り道ではないでしょうか? こうした偽物が世にはびこったら、回り道でないものを回り道と誤認する人が出てくること疑いなしです。

そして、そうした人が、もし、回り道でないものを回り道だと思い込んでその回り道に時間を費やしたとしたら、それこそ、とんだ回り道ではないでしょうか。

そこで、貴会に提案がございます。貴会の回り道に関する知見を生かし、「回り道公認制度」を立ち上げて欲しいのです。

貴会が本当の回り道に公認という形でお墨付きを出せば、偽の悪質な回り道は淘汰されていくことでしょう。そうすれば、人々は偽の回り道に惑わされることなく、優良な回り道に近道できるのです……

苦い文学

恋人のモラハラに困っています

先生、モラハラ癖のある恋人について相談です。

とにかくソトヅラがいいんです。人前にいるときは、やさしくて、落ち着いてて、ニコニコしてて。いつも一緒だね、だなんて感じを出して、まるで最良のパートナーみたいなふりをしてます。

だけど、二人きりになったとたん、豹変するんです。柔和で優しかったのが、鬼みたいになってしまって……そして、パワハラです。しつこいくらいにパワハラを繰り返すんです。あまりの苦しさに、もう身悶えするばかりです。

とくにひどいのが、エレベーターの中。もう家に着くぞって時に、決まって不機嫌・意地悪・残忍になるんです。度を超えてます。今こうやって思い出すだけで、脂汗をかきながら身を捩ってしまいます。

こっちからやり返すなんて無理です。そんなことをしたらもっと手ひどく反撃されるだけです。二度と世間に顔向けできないような辱めを受け、私は立ち直ることなどできないでしょう。

先生、恋人からのモラハラ被害に本当に困っています。どうか、アドバイス、よろしくお願いします。

【先生からのアドバイス】
私は泌尿器科の医師ですので、アドバイスをすることはできませんが、お話を聞くかぎり、あなたの恋人とは、膀胱ではないでしょうか。いっこくも早く病院で治療を受けることをお勧めします。

苦い文学

この橋、渡っていくべからず

「(バタバタと)死んでいく」とか「(徐々に)萎びていく」というように、動詞のテ形に「いく」がつながることがある。

ある人がいうには、この「いく」は使うべきではないのだそうだ。

というのも、本当にどこかに「行く」のではないから、おかしいというのだ。正しくは「死んだ」「萎びた」とすべきだという。

だが、この考えはまったくの間違いだ。「(次第に)やせていく」とか「(次々と)倒れていく」の「いく」は「ある過程の進行」や「ある行為の反復」といったものを表しており、移動の「行く」とは区別して考えなくてならない。

それに、仮に、この人の考えが正しいとしたら、我々は「話しておく」とか「食べてみる」とかも言うことができなくなってしまうだろう。なぜなら実際には「置いて」も「見て」もいないのだから。

さて、時はかわって室町時代、将軍足利義満がまたしても一休さんに無理難題をふっかけたようですよ。

「これ、一休、ここにある屏風絵の虎が、夜な夜な屏風を抜け出して、乱暴狼藉を働くので、甚だ迷惑しておる。お前のとんちで退治してみよ」

一休さん、自信たっぷりに答えます。

「将軍さま、さっそく虎を捕まえてみせましょう。では、まずは「抜け出す」の「抜け」を出してください……」

苦い文学

洛陽の紙価を低めて

出版物のためのコンテストは世に数あれど、まったく売れない本を選ぶコンテストがあるのはあまり知られていない。

未刊行の原稿を対象に行われるこのコンテストは、出版されてもまったく売れる見込みのないと判定された図書に、出版資金を助成する、というものだ。

まったく売れないのならば出版などしないほうがいいと思うかも知れない。だが、そう簡単にはいかないのが世の中だ。売れなくても出版するのが文化だという考え方もある。

しかし、それでは出版社が倒産してしまう。すると多くの人々が職を失い、家族が路頭に迷うことになる。貧困層の増大は犯罪の増加に直結しており、治安の悪化は政情不安を招来し、ついには国家転覆へといたる。売れない本に助成を出すことはなんとしても必要なのである。

このコンテストは年に1回開催され、我こそは売れない、という書き手たちが、まったく売れる要素のない原稿、いやそれどころか、売れない要素をこれでもかというくらいに盛り込んだ原稿を苦心して仕上げ、こぞって応募する。

売れない、といっても、デタラメを書いて送ってもダメだ。内容がしっかりしていて、しかも誰も手に取らないという、絶妙なバランス感覚がものをいうのだ。

選考する側も、少しでも売れる要素ありと判断すれば、容赦なく落とす。まことに厳しいコンテストなのだ。

応募は秋に行われ、結果が出るのが翌年の4月だ。選考から漏れた人々は、悲しそうだが、少しうれしそうな顔をしている。選ばれて助成の対象となった人々は、うれしそうな顔をしながら、少し悲しそうだ。