風刺・戯文

静かな電車

日本に来たとき、びっくりしたことはたくさんありますが、とくに驚いたのは、電車の中が静かだということです。

私の国でも、電車がありますが、乗客たちはみんなうるさいのです。大声でおしゃべりする人もいれば、携帯電話で大声で話している人もいます。なので、日本の電車がとても静かなのが、なんとも不思議でした。

たまに大きな声で話している人がいますが、よく聞いてみると、日本語ではありません。この間など、電車のなかでうるさい人たちがいるかと思ったら、なんと私の国の言葉で話していました。恥ずかしくて思わずうつむいてしまいました。

どうして日本の電車は静かなのでしょうか。日本人がマナーを守るからだと聞いたことがあります。でもそうではないと思います。なぜなら、日本に長く住んでいると、マナーを守らない日本人もけっこういることがわかるからです。

私は、日本の電車が静かなのは、電車のなかでは日本人の声が互いに打ち消し合っているからだと思います。つまり、日本人には相手の声を打ち消すノイズキャンセリング機能が備わっているのです。

そればかりか、日本人は相手の存在をも打ち消すことのできる機能も備えているようです。そうでなければ、あんなひどい満員電車に乗れるわけがありません。日本人の目から見ればきっとガラ空きなのでしょう。

ガラパゴス諸島さながらに、独自の進化を遂げた日本人の生態は、まさに驚異のひとことです。

苦い文学

仮説や検証

日本語の問題に次のようなものがあった。

「朝は、ご飯( )魚などを食べます。」
( )の中に入るのは「と」・「や」のどちらか。

私は「と」だと思ったが、他の人は「など」があるから「や」だ、という。そこで答えを見るとその通り「や」だ。つまり正解はこうだ。

「朝は、ご飯や魚などを食べます。」

だが、これでは「ご飯を食べる朝と、魚を食べる朝と、それ以外のものを食べる朝がある」ということにならないだろうか。つまり、「普段は、ロックやジャズなどを聴きます」と同じで、どちらかなのだ。

これが「朝は、ご飯やパンなどを食べます。」ならば、主食どうしなので問題はない。だが、主食(ご飯)とおかず(魚)ではどうだろうか。おかずだけを食べる食事というのは、糖質制限などの特殊な場合以外にはないように思う。

いっぽう「朝は、ご飯と魚などを食べます。」は、毎朝、米を食べるが、おかずは「魚など」ということ、つまり魚、肉、納豆など日替わりということになる。つまりこうだ。

「朝食=ご飯+ x」(ただし x はおかずに限る)

もっとも、言葉は人によって受け取り方はさまざまだから、私の考えが正しいとはかぎらない。いろいろ考えているうちに、私は「朝は、ご飯や魚などを食べます。」がおかしくない場合があることにも気がついた。

すなわち、朝ごはんにいろいろな食べ物がずらりと並んでいて、その中の代表例(あるいは自分の好み)としてご飯と魚をあげるのならば、まったく不自然ではない。

そうした状況として、もっともふさわしいのはビュッフェ形式の朝食ではないだろうか。この仮説を検証するために、どうやら高級ホテルに宿泊する必要がありそうだ。

苦い文学

万引き

お店に入って商品を選び、小脇に挟んで別の商品を探すが、気に入ったものがないので、そのままお店を出てしまうことがある。

このとき、小脇に挟んだ商品のことはすっかり忘れているのだ。店から一歩二歩踏みだしたとたんに、あっと気がついて慌てて戻ることとなる。

下手をすれば万引きになるところだが、興味深いのは、店の人も、そして、おそらくは店内のどこかで目を光らせているに違いない万引きGメンも、これに気がつかないことだ。

おそらく万引きをした人はその態度に不審な点がどこかしら現れるもので、それは経験を積んだ店員や警備員にはかなりはっきり見えるのだろう。だが、私のように自分が万引きしつつあることに気がついていない場合は、そうした手がかりがないため、たとえ未精算の商品が脇に挟まれていたとしても、うっかり見過ごされてしまうということになる。

となると、自分の意識をコントロールして、自分が万引きをしているということに気がつかない状態に持っていくことができれば、どんな万引きも可能になるのではないだろうか。

私がメディテーションの修行に打ち込むようになったのもこうした理由からだ。いずれ、万引き自由自在の術を身につけ、カーディーラーから新車をごっそり万引きしてみたいと思っている。

苦い文学

北千住のバンクシー

バンクシーとは誰なのか、そして何のために壁面に絵を描くのか。私はこう問うだけでは不十分であることを学んだのだ……。

それは、先日、私が北千住の駅前のゴタゴタした界隈で酒を飲んでいた時のことだ。店は混んでいて、私は二人連れの男と相席ということになった。二人ともみるからに品の悪い風体だった。

はじめのうちは、私は無視を決め込んだ。ひとりスマートフォンに見入っていたのだ。だが、どうしたきっかけか、私と二人の男との間で交流が始まり、ついに意気投合にまで至ったのであった。

二人のうち、もっぱら話すのは片方だけだった。もう片方はまったく口をきかず、ニタニタしながら酒を歯の抜けた口にひたすら流し込んでいた。

どうやら私も同じように飲んでいたらしい。ふと気がつくと、私たち3人は別のもっと汚い店で安焼酎の入ったグラスをぶつけ合っていたのだった。やがて私は酩酊し、再び記憶を失い、次に正気を取り戻した時は、道に寝転んでいたのだった。

そこは壁に囲まれた薄暗い袋小路だった。

モウロウとしながら起き上がると、連れの男が私に抱きついてきた。「見ろ、見ろ」

彼が指差すほうを見れば、あの無口な男がこちらに背を向けて壁際に立っているのだった。「それ、やれ! やれ!」

無口な男は身を揺すり、汚らしく喉を鳴らすと、勢いよく吐いた。

「見ろ! 見ろ!」 男は叫んだ。そして、無口な男がふらふらと横によろけて移動したとき、私は信じがたいものを目にしたのだった。

そこには、花束を投げようとするマスクの男が描かれていたのだ。

男は大笑いした。「ほら! 俺の言ったとおりだろ! 北千住のバンクシーだ! なんでも描いちゃう!」

見れば、あの無口な男は、今度は別の壁に向かって吐き散らしたところだった。ああ! その壁では、風の中の少女が虚しく手を差し出していた。そして、赤いハート型の風船が今にも飛び去ろうと……。

「ああ、あのハートは、さっき食べた鶏肉のトマト煮!」 私は思わず叫んだ。

男は壁の絵をを見ながら、腹を抱えて笑っていた。「バンクシー! バンクシー!」

そのとき、無口な男が急に身悶えしだした。腹を押さえていた。もしや、あの生牡蠣が? 彼は苦悶にうめきながら、ズボンを下ろすと、尻を壁に向けた……。

それから何が起きたかは、語るべきではないだろう。ただ、その壁には、プラカードを掲げたドブネズミが、そこ、ここ、あそこ、ああ、無数に!

……バンクシーとは誰なのか、そして何のために壁面に絵を描くのか。そんな問いよりも、もっと重要なのは「何で描いているか」だということを、私は学んだのだ……。