風刺・戯文

後進の沼

日本は昔、先進国であった。そして、今はゆっくりと先進国から転落しつつある。それどころか、後進国の沼に片足を突っ込みつつある。いずれ、私たちの国は沼に飲み込まれ、誰ひとり思い出すものもいなくなるだろう。北朝鮮のミサイルさえ、懐かしく思い出されることだろう。

多くの日本人はこの事実を受け入れることができない。世界の真ん中でひと花咲かせるチャンスがあるという妄想にすがりついている。だが、そんな人も、これこそが、つまり先進から後進への転落こそが、日本の文化であり伝統である、と聞いたら、考えを変えるのではないだろうか。

私は歴史を長年研究しており、日本のあらゆる地域の郷土史を読み漁ってきた。それらの郷土史はたいてい古代から始まる。古墳やら、貝塚やら、黒曜石やら、土器やら、銅鐸やら、出土品でいっぱいだ。そして、それらの遺跡の記述とともに必ずこう書いてあるのだ。

「私たちの郷土は、昔は先進地域だったのです」

まちがっても「縄文の時代からずっと遅れた寂しい地域でした……」などとは書いてない。私は日本地図を広げ、郷土史を読むたびに「昔は先進地域」だったという地域に赤印をつけていった。日本中はすぐに真っ赤になった。昔は日本中が先進地域でひしめいていたのだ。

だが、なのにどうだろうか。今やどこに行っても荒れ果てて、住む人もいない。我が国は先進は常に後進となる、これを伝統といわずしてなにを伝統といおうか。

後進の沼が諸君を待っている。

苦い文学

ふりだしに戻る(1)

2006 年のこと、カレン人(ビルマの民族のひとつ)の若い女性が、不法就労で逮捕され、品川の入管に収容された。

彼女にはタイにボーイフレンドがいた。タイ・ビルマ国境出身のカレン人の男性で、チェンマイに滞在して、カナダに難民として移住する時を待っていた。

カレン人女性は、収容所で2つの選択を迫られた。日本で難民申請するか、ビルマに帰国するかだ。

彼女には難民となるだけの十分な理由があったので、日本で難民申請すれば、いつかは在留許可が出る可能性はあった。しかし、問題はその「いつか」だった。その当時、難民申請をした人は何年も結果が出るまで待たされたものだった。

彼女はボーイフレンドがカナダに移住したら、結婚してカナダに行くつもりだった。だが、難民申請をしてしまったら、結婚したとしても、カナダにすんなり行けるかどうかはわからなかった。なぜなら、難民申請中は外国に行くことはできないからだ。行けるかもしれないが、かなり複雑な手続きが必要で、ことによったら裁判にも発展するかもしれなかった。

では、難民申請を取り下げて、日本からカナダに行けばいい、と思うかしれない。だが、難民申請を取り下げた時点で、彼女は日本では不法滞在者となる。そうなると、カナダどころではない。再び、入管に収容されて、身の振り方を悩むことになる。ふりだしに戻るだ……。

入管に収容中の彼女は悩み続け、やがて結論を出した。ビルマに帰国する、と。どうせふりだしに戻るならば、もっと戻ってやろう、と思ったのかどうかはわからない。

苦い文学

ロイヤルな技能実習

昨日、北朝鮮から技能実習ビザで堂々と来日したのはキムさん。これから半年間、皇族のさまざまな活動を実際に経験し、皇族の技能を学びます。その様子に密着しました。

「国に帰ったら、自分の家族をロイヤル・ファミリーにしたいと思っています。日本の皇室のように長く続けるにはどうしたらいいか学びたい」と抱負を語るキムさん、今日は、さっそく最初の公務にチャレンジです。都内で開催される「なにかとってもまじめで良い人たちが全国から集まる式典」に皇族とともに出席します。

皇居から車で会場に向かう途中、スカイツリーを目にし、キムさん、なにやら興奮気味。「あれはミサイルですか? 発射ボタンを押してみたい!」と無慈悲な要求を繰り返すキムさんに、さしもの皇族もタジタジ。

式典の会場では、参列する良い人たちを前にキムさんはなぜか気の毒そうな顔つき。その理由を尋ねると……

「なんだか銃殺するのに忍びないですね……」

日本では皇族は銃殺などしない、と聞いて、やや拍子抜け?のキムさんなのでした。

「日本に拉致されたと思って頑張ります」とキムさんは意欲を燃やします。いっぽう、受け入れ側の宮内庁は「皇族の人材不足を補うひとつの選択肢になれば」と期待を語りました。

苦い文学

卑怯語大賞2022

早いものでもう12月。恒例の流行語大賞が今年も発表された。

私が予想していた通り「なるほど〜設定なのね」が選ばれたようだ。

これは、元自民党の吉川赳衆議院議員がきっかけとなって流行った言葉だ。議員は、未成年の18歳の女性と飲酒したという非難に対して、自分はそういう設定の女性と飲んだに過ぎないとブログに書いたのだ(「『なるほど、大学一年生という設定なのね』と受けとめ、軽い乗りで……」)。

私ははじめてこの言葉を聞いたとき、なんと卑怯な言葉かと衝撃を受けた。衝撃のあまり、このブログで詩まで書いてしまった(「なるほどそういう設定なのね」)。

相手がどんな状態であろうと、嘘つきとして切り捨てて、知らんぷりしたい卑怯者なら、一度は使ってみたい言葉だ。

さて、大賞の授賞式では、吉川赳衆議院議員も登場し、卑怯者代表として「雨ニモマケズ」の一節を朗読したと、ザンゲー新聞社は伝えている。以下、その朗読部分を記事から引用させていただこう。

東ニ病気ノコドモアレバ
サウイフ設定ナノネトイヒ
西ニツカレタ母アレバ
サウイフ設定ナノネトイヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
サウイフ設定ナノネトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
サウイフ設定ナノネトイヒ
ミンナニデクノボートヨバレル設定デ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフ設定ニ
ワタシハナリタイ

苦い文学

ありがとうと伝えたくて

駅前にパチンコ屋があって、開店前、朝早くから行列ができる。いつの頃からか、ひとりの男が、列に並ぶ人一人一人に丁寧にお辞儀をしている姿が見かけられるようになった。彼は「ありがとうございます」と感謝の念を告げているのだった。

身なりからは店員のようにも見えず、かといって経営者らしくもなかった。どうしてそんなことをしているのかは分からなかったが、彼を見ていると法華経に出てくる常不軽菩薩が思い出された。

あるとき中央公園に散歩に行ったら、ベンチにその彼が一人座っていた。好奇心を抑えられなくなった私は、彼に話しかけた。そして、いくつか当たり障りのない話題を経てから、彼の件の行動の理由を尋ねた。

「ああ、見てらっしゃったんですね」と彼は静かに答えた。「開店前に並ぶ方々一人一人に私がどうして感謝を伝えているかというと、ああいう方々を見ていると、ただ金を浪費するために朝早くから並ぶほど自分は愚かではない、ということが分かって安心するからです。まったく、ありがとうと言わずにはいられませんよ」

私はこれを聞くと「ありがとうございます」と深々と頭を下げ、散歩に戻った。