苦い文学

アマビエの写し絵

アマビエでいちばん奇妙なのは、いまアマビエのことを誰も覚えていないということだ。

江戸時代末期に熊本の海上に現れたというこの謎めいた存在は、疫病の流行を予言し「自分の写し絵を人々に見せよ」と言って海中に没したのだった。

そして、コロナが拡大するなか、不安な日々を暮す私たちはこのアマビエを再発見した。たちまち日本はアマビエの画像で溢れた。イラストに、パッケージに、広報に、マークに、シンボルに、メディアに……。私たちはリツイートに次ぐリツイートだ。

これほどまでに私たちを夢中にさせたアマビエだが、その熱狂もブームも短かった。私たちを脅かしはじめた死と医療崩壊という現実は、写し絵など簡単に吹き飛ばしてしまったのだった。

あれほどあったイメージに目を向けるものはもはや誰もいなくなった。私たちはアマビエを海に放棄した。結局、タワゴトにすぎなかったのだ。

だが、それでも私たちは、ワクチン接種証明書を関係各所に提示するとき、思わずにはいられない。アマビエの言った写し絵とはこのことではないか、と。