苦い文学

バカなおじさんの伝言

安倍晋三元首相が殺されたとき、バカなおじさんは大いに悲しんだ。彼は熱烈な支持者だったのだ。

早すぎる死が悔しくてたまらなかった。安倍元首相こそはまた首相になって日本を取りもどしてくれる人だと、バカなおじさんは考えていた。

増上寺で葬儀が行われると聞いたバカなおじさんは、他の支持者たちとともに、葬儀会場近くに集まった。

葬儀が終わって、安倍元首相の棺を乗せた車が出てきた。これから斎場に向かうのだ。

多くの支持者と一緒に並んでいたバカなおじさんは、車が目の前を通過したとき、大声で何かを叫んだ。

すると、車が急停止し、棺が転がり落ちた。次の瞬間、中から安倍元首相が出てきた。

いつもの笑顔で支持者に手を振ると、生き返った安倍元首相は急ぎ足で立ち去った。支持者たちは歓声を上げて後を追った。

この驚くべき光景を見た支持者がバカなおじさんに尋ねた。

「よみがえったのは、まさにあなたが声をかけたからです。いったい、何と言ったのです」

バカなおじさんは満面の喜びを浮かべて答えた。

「マザームーンがお呼びですよ、と伝えたのです」

苦い文学

現代の弁慶ライフ

朝、電車に乗っていると、山伏のような異様な人物が乗り込んできた。まるで弁慶のようないでたちなのだ。

電車は都内に近づくにつれだんだんと混んできた。ドアの近くの席に座っていた私は、弁慶の様子をうかがっていた。この男、ただの乗客ではなかった。

普通、ドアの近くに立っている乗客は、乗り降りのさいに、脇に寄るか、奥のほうに進んだりして、邪魔にならないようにするものだ。場合によっては、いったん降りてドア付近を空けることもある。

だが、この弁慶、ドアの前からいっかな動こうとしないのだった。なので、乗降する人は身を屈めて脇を通り過ぎねばならなかった。

電車は満員になり、やがて、もっとも乗り降りが激しい駅に到着した。ドアが開くやいなや、いっせいに人が出口に動き出した。人々は前に立ち塞がる弁慶を小突き、押しのけようとしたが、弁慶は仁王立ちのままだ。

おお、彼はどれだけ迷惑だったことだろうか。乗り降りする人々の舌打ち、毒突き、罵りが矢のように襲うなか、彼はドア前を死守し続けたのだ。

「弁慶の立ち往生だ!」 傍で見ていた私は心の中で叫んだ……。

再びドアが閉まり、電車が走り出した。弁慶は相変わらずドアの前で踏ん張っていた。

降りる駅に到着したので、私は立ち上がった。彼の脇を通るのは少し不安でもあり億劫でもあった。だが、そこは彼の目的地でもあったらしい。彼は私より先に降り、ずんずん歩いて行ってしまった。

いっぽう、私は尿意を覚え、駅のトイレに駆け込んだ。列に並び、用を足し、改札口に向かった。

自動改札口を通るとき、端にある有人改札口で、あの弁慶が立っているのが見えた。

彼は、長々しい巻物を広げてなにやら読み上げていた。駅員は何とも言えない顔つきをして聞いていた。

苦い文学

バカなおじさんの後悔

バカなおじさんが泣き叫んでいた。

自分の頭をぽかぽかと殴り、地べたを転げ回ったかと思うと、天を見上げて、恨みとも呪いともつかぬ言葉を撒き散らした。

見かねた人が、バカなおじさんに尋ねた。

「どうして、そのように嘆いているのですか。後悔先に立たずというように、起きてしまったことはしかたがないのです」

バカなおじさんは涙ながらに答えた。

「ああ、いつの頃からか、私は虚しさを感じるようになったのです。心にポッカリと空虚な穴ができたようで、ご飯を何杯お代わりしても、何時間も寝ても、その穴は埋まりませんでした」

「人間だれしもそういう思いをすることはあります」

「しかも、私の心の中のその空虚な穴は、年を経るに連れてどんどん広がっていくではありませんか。そして、いまやもう東京ドーム10個分……」

そう言いながら、バカなおじさんは嗚咽を漏らし、自分の頭を叩きはじめた。

「どうしたのです、やめてください!」

「これが後悔せずにいられましょうか! 私の心の中に広がる、漠々たる空虚をハロウィーンの会場に使ってもらっていたら、あんなことには決して……!」

苦い文学

何者かに

私がまだ紅顔の少年だったころ、人生はあたかも行手に広がる大海原のようだった。

そして、少年時代を終え、ようやく人生の浜辺に立った私はといえば、ひるむばかりで、前に進むこともできなかった。

私には夢がいくつもあったが、人生の大海原を前にしては、すべてが実現不可能な戯言のように思えた。

自分はいつか、夢を実現して何者かになることができるのだろうか、やがて、そんな不安が私を苦しめるようになった。

もし何者にもなることができなかったら……例えば、名刺に書けるような肩書きがないのを誤魔化すために「人間」というユーモア肩書きで取り繕うような大人になってしまったら……そう思うと夜も寝られなかった。

悩みはあまりにも深く、我慢の限界を超えたため、私は先生のところに行き、すべてを打ち明けた。

先生はこう言われた。

「何者かになりたいというのならば、ミイラを取りに行きなさい。成功すれば、ミイラ取りになれる。そして、失敗しても、少なくともミイラにはなれるから」

その時の私はなんだかバカにされたように感じたものだった。だが、結局何者にもなることができなかった今の私からすれば、ミイラになれるということすら、破格の好条件のように思える。

苦い文学

自然のバランス

先日都内で信号を待っていたら、デモ隊に出くわした。

「ヘイトスピーチを許すな!」とか「女性も男性も平等だ!」とか「外国人に対する偏見をなくそう!」とか、さまざまな差別に反対するスローガンを掲げて、道を行進していた。

私が興味を感じたのは、犬を連れたデモ参加者が何人かいたことだった。

私も何度もデモに参加しているが、犬と一緒というのは見たことがなかった。これら愛犬家たちは反差別と動物愛護を訴えていたのだった。

信号が青に変わり、警察がデモ隊を止めた。犬を連れたデモ参加者たちはちょうど私の前で立ち止まった。

私は道を渡ろうとしたが、そのとき、犬たちが吠えはじめた。

反差別デモに参加するような殊勝な犬たちがどんなことを言っているのか知りたくなって、私は足をとどめて、耳を傾けた。

犬たちは口々に次のようなことを主張していたのだった。

「保護犬特権を許すな!」

「普通の犬に対する逆差別をやめろ!」

「保護犬を処分しろ!」

私は、これらの犬たちの考えと飼い主の考えとのはなはだしい乖離に驚いたが、もしかしたら、自然というものはこのようにバランスをとっているのかもしれないと、神妙な気持ちになった。

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戦争と LGBT

ロシア政府は LGBT に関する情報発信を禁じたが、これは戦争を進める上で LGBT の存在が邪魔になると信じているからであろう。

また、中国でも、共産党は女性的な男性がメディアに出るのに極めて敏感だ。関羽ばりの男らしい男でないと台湾は奪えないということだろう(あるシンクタンクによれば、関羽と張飛が5人ずついれば「完全なる統一」が可能だという)。

こう考えると、「LGBT には生産性がない」などと公言する我が国の政治家の真意もわかってくる。つまり、生産性がないというのは、戦争の役に立たないということなのだ。

こういう人間たちがのうのうと生きていることに腹が立つが、私たちにとって慰安となるのは、こういった連中が死んで地獄に行ったとき、通常の罪人よりもはるかに厳しい責め苦が待っているということだ。

なぜかというと、地獄の全責任者である閻魔大王がゲイだからだ(これは、江戸時代の深遠なる思想書『根南志具佐』に記されている真実だ)。

なので、地獄では、鬼たちが極太の金棒をしごきながら、こういった連中がやってくるのをいまかいまかと待ち構えている。「LGBT の生産性」の何たるかを思い知らせてやろうというわけだ。

ならば、キリスト教に改宗すればいいのでは、という人もいるかもしれない。閻魔大王の地獄はキリスト教の地獄とは違うのだから、と。

だが、そういう人はイエスがゲイであることをご存知ないようだ。

かの有名な最後の晩餐で、イエスは弟子たちにこう告げるのだ。

「主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。」(ヨハネによる福音書 13 章 14 節)

洗い合った「足」が真ん中のでないとしたら、いったいどの足だというのだろうか……

苦い文学

それな講座

アナウンサーA「これからは関東甲信越のみなさんにお伝えします」

(老人たちが教室で学んでいる映像が流れる)

アナウンサーB「これ、いったい何の様子だと思いますか?」

アナウンサーA「なんでしょう、何か発声練習をしているようですね……」

アナウンサーB「じつは、『それな』を使いこなすための講座なんです!」

アナウンサーA「『それな』というと、あの若者言葉の?」

アナウンサーB「そうなんです。お年寄りたちが若者の会話に加わって楽しく過ごせるようにと、黒骨市が市民団体と協力して始めた取り組みです」

アナウンサーA「へー、素敵ですねえ、私も学んでみたいです!」

(講師が映し出されて、インタビューに答える)

「講座では、現実に近い場面で練習をするので、自信を持って『それな』を使っていただけると思います」

(老人たちが「それなら、それなら」と繰り返している様子が映し出される)

講師「まずは発音に慣れてもらいます。いきなりは難しいですからね」

(受講生の一人、吉田さんがインタビューに答える)

吉田さん「孫娘におじいちゃん古臭いだなんて言われちゃいましてね。ええ、何とか苦労して身につけましたよ。ハハハ、なんだか若返った気分です」

講師「では、その成果を全国に見ていただきましょうか」

(講師は教科書を取り上げ、吉田さんに対して、会話文を読み上げる)

講師「(女子高生の口調で)今日の2限のテスト、めっちゃダルいんだけど」

吉田さん「其れな!」

アナウンサーA「以上、関東甲信越のニュースでした」

苦い文学

NHKへのお願い

NHKの朝のニュースのアナウンサーのみなさま

落ち葉はらはらと散る晩秋の候、皆様におかれましては、ますますご清祥のことと心よりお喜び申し上げます。

毎朝のニュース、楽しく拝見させていただいております。興味深いニュース、タメになるニュース、いつもありがとうございます。

このたびお手紙を差し上げましたのは、ひとつ折り入ってお願いしたいことがあるからです。

我が国の深刻な分断を阻止するために、関東甲信越のニュースを直ちに廃止してほしいのです。

ご存知の通り、いつも朝7時前になりますと、「これからは関東甲信越のみなさんにお伝えします」と特別なニュースが始まります。私は、関東のものでして、関東甲信越が特別に取り上げられ、注目を集めること、いつも誇らしく、うれしく思っております。

ですが、その一方、関東甲信越以外の視聴者はいったいどんな気持ちで、このニュースを見ているのか、お考えになったことはありますでしょうか。

間違いなく、関東甲信越以外の地方の視聴者にとってはこの時間はとても退屈なはずです。いや、それどころか「同じ受信料を払っているのに!」と腹を立てているかもしれません。

こうした不平等感が、関東甲信越に対する恨みや憎しみに発展し、やがては国の分断につながり、ひいては、我が国の国会議事堂に暴徒が乱入するのではないかと、危惧しております。

ですので、こうした危険を避けるために、関東甲信越のニュースを、もう明日からでも廃止してください。そうすれば、私はきっと受信料を払うことでしょう……

苦い文学

富を天に積みなさい

ルカの福音書(12章33節)にこう書いてある。

「自分の持ち物を売り払って施しなさい。擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない。」

神を信じること篤き我が友が、もっとも愛した聖句だ。

そして、彼は、この言葉の通りに生きた。彼は、自分の生活のために必要なわずかな金額を除いて、手にした富をすべて貧しき人々の施しとしたのであった。

彼は家族もなく、家も財産もなかった。彼の喜びはただ一つ。これまでになした善行を振り返り、天に積んだ富の総額を数えることだけだった(彼には独自の帳簿があった)。

ああ、その富はいかばかりのものであったろうか。あまりにも多量の富ゆえに、擦り切れることのない財布もはち切れるのでは、と彼はいつも心配していた。

また、泥棒も虫も近づかないかわりに、その富を狙って怪しげな投資の誘いが来たらどうしよう、と彼には心休まる時もなかった。

そんな気苦労の多い人生を送った彼であったが、先日、天に召され、この世を去った。

そして、昨晩、その彼が私の枕元に立ったのである。

天に積んだ富で富裕層の仲間入りしたのかと思いきや、ひどく沈んだ顔つきだ。私は驚き、心を痛め、彼にその理由を問うた。

彼は悲痛な声で答えた。

「うう、円で積み立てたばかりに……」

苦い文学

中国の光学的ノイズキャンセリング

多くのイヤホンやヘッドフォンに採用されているノイズキャンセリングとは、ノイズをデジタル処理によって消滅させる技術だ。

どのように消すかというと、ノイズの音波と真逆の音波を発生させ、ノイズを打ち消すのである。ゆえにキャンセリング(打ち消し)と呼ばれる。

このノイズキャンセリング技術は、もはや完成の域に達し、今度は光学的ノイズキャンセリングの時代が来るといわれている。

我々の目は、ある物体の形や色彩の光波を感覚することにより見るのであるが、光学的ノイズキャンセリングとは、特定の存在の光波に真逆の光波をぶつけることで、その光波を打ち消す、つまり視覚的にその存在を消滅させる技術である。

この技術が実現すれば、我々は目の前から特定の存在を自由に消すことができるようになる。いや、さながら透明人間のように自分の姿を消すことだって可能だ。

それどころか、軍事に応用すれば、目に見えない軍隊を作ることだってできる。このような軍があれば、プーチンも苦戦せずとも済んだことであろう。

現在、光学的ノイズキャンセリング研究にもっとも力を入れているのは中国だが、どうやらすでに実用化段階にある、と信ずべき証拠が図らずも公開された。

それは、先日の中国共産党大会の閉幕式でのことだ。胡錦濤前国家主席が突然、会場から連れ出されるように退出した場面をじっくりみてほしい。

習近平国家主席以外の出席者たちは、胡錦濤前国家主席が退出するというのに、挨拶も敬礼も挙手も目配せもウインクもなく、ただ、あらぬ方向を向いたり、手の先をじっと見つめたり、硬い顔つきで前を見据えたりしているではないか。まったくその姿が見えていないのだ。

習近平国家主席から発せられた真逆の光波により、胡錦濤の姿が光学的に消し去られていたのだと考えることができよう。

なお、我々に胡錦濤が見えるのは、国家主席のノイズキャンセリング機能が我々に届くほど強力ではないからである。今後の開発に期待したい。