苦い文学

私の節約法

この世界はなんと悲惨に満ちていることでしょうか。

どれだけ多くの人々が、なんの罪もないのに、命を奪われていることでしょうか。自分のものでない戦争のために戦場に駆り立てられ、政治家たちの無責任な虚言・流言飛語・陰謀論の責任を押しつけられて、惨めに殺されていることでしょうか。

そして、どれだけ多くの子どもたちが、自我すら芽生えぬ幼児たちが、それどころか、この世界の光を浴びたばかりの赤子たちが、大人も背負えないほどの苦しみを味わいながら、無惨にも殺されていることでしょうか。

私はいつもこれらの命のことを考えるようにしています。そして、これらの命がこの地上にもう一度、生まれるよう、そして平和な人生を送れるよう、心から願っています。

とくに私が「人生は一度きりだから、これ買っちゃえ」とか、「たった一度の人生だから、贅沢しちゃうぞ」とか考えがちのときに、そう願うようにしているので、余計な出費を抑えることができ、ずいぶん貯金ができました。

これからも悲惨な世界に期待しています。

苦い文学

闇のバイト

……ええ、吉田十郎です。26歳です。私はギャンブルのため、多額の借金を抱え、困っていました。仕事もありませんでした。お金を返せないので、怖かったです。

そんなとき、SNS でバイト募集を見つけました。車に乗るだけという簡単な仕事で、「高額」「即日即金」でした。はじめは怪しいと思いましたが、「ホワイト案件」と書いてあったので安心だと思い、スマートフォンで登録しました。

すぐに返事が返ってきて、バイトの登録のために身分証の写真や住所や家族の情報を送るように言われました。そうすると、Telegram に登録するよう返事があり、そこで集合場所を指示されました。

私はこの時点で怖くなり、「やめたい」と返事をすると、家族がどうなってもいいのか、と脅迫されました。家族に危険が及ぶのが心配になり、待ち合わせ場所に行きました。

朝早く、待ち合わせ場所に行くと、はじめてみる人たちがいました。みんな派手なジャンパーを着ていました。私は無理やり車に乗せられ、「車の窓から顔を出して手を振れ」と命令されました。イヤだと言うと、強く叩くので怖くて必死になってやりました。

それからのことはもうニュースになった通りです。私は最年少で議員に当選し、政府と政党から裏金を騙し取って、犯罪者に渡しました。

ええ、今の国会には、私のような闇バイト議員がたくさんいると思います。

苦い文学

新しい痴漢

昼下がり、都会へと向かう電車のその車両には、私とスーツを着た男のほか誰もいなかった。私は座席の端に座り、その男は向かい側の座席の反対側の座席に座っていた。銀の手すりにもたれかかって、目を閉じていた。眠っているようだった。

電車が赤頭駅で停車すると、警官たちがどかどかと乗車してきた。驚いて見ていると、警官たちは向かいの乗客を取り囲んだ。

「痴漢の現行犯だ! 逮捕する!」

叩き起こされた男は警官たちを見上げた。警官が男の腕を掴んで立ち上がらせようとすると、男は身を固くして抵抗した。私は思わず声をかけた。

「ちょっと、待ってください! 事情は分かりませんが、その人はこの車両にずっといました。私が証人です」

すると警官のひとりが私に言った。「お騒がせして申し訳ありません。この男は普通と違うのです。痴漢とは触るだけではないのです。見たり、匂いを嗅いだりする間接的な行為も痴漢です」

「この車両には女性はいませんでした。これもまた証言できます」

「ええ、ですが、この男は触りも、見も、匂いを嗅ぎもせずに、ただ強力な想念のみで痴漢行為を行うことができるのです。しかも別の車両にいる女性に対してです。もっとも新しい痴漢として、この容疑者を私たちはずっとマークしていたのです」

そのとき、別の警官が叫んだ。

「やっ、逃げたぞ!」 警官たちはいっせいに車両からホームに飛び出した。「線路に降りた! 逃げた!」「追いかけろ!」

そのとき静かにドアが閉まった。私と、なにごともなかったかのように再び目を閉じた男を乗せた電車はゆっくりと動き出し、男の幻影を追いかける警官たちを置き去りにして、都会に向かっていった。

苦い文学

サ行

サ行音について、しばしば「最近、舌足らずの発音をする人が増えた」という人がいる。どういうことかというと、英語の three や third の th で発音する人がいるというのだ。

「舌足らず」かどうかはともかく、そういう発音をする人がいるのは私も知っている。それどころか、日本語の教材の音声でも「これ、th では」という発音がある。

それはともかく、英語では s と th の区別は大事だが、日本語はそうではないので s を th で発音しても大して困らない。これが、th の発音の原因のひとつだろう。

th といえば、この音は f にも似ているのだという。three の th は舌と前歯の隙間を息が通過するときに出る音だし、いっぽう f は、前歯と下唇の隙間を息が通過するときの音だ。どちらも 歯と柔らかい部分(舌か唇)で作る音だから、似ているのだ。

そこで、私は考えた。もしも s を th で発音する人がいるのならば、さらに進んで、その th を f で発音する人もいるのではないか、と。

そんな矢先、先の衆院選で立憲民主党の枝野幸男さんがインタビューに答えているとき、私の鋭い耳ははっきりと捉えたのだった。

「実際に(じっふぁいに)」

ふぇいじかの発言だけに、重みがあるといえよう。

苦い文学

屁の喪失

腸内環境のエキスパートだと名乗るその男は、健康に関する不安につけ込み、巧みな話術で私を信用させると、そのサプリメントを高額で売りつけた。そして、服用をはじめたその日から、私は屁を失った。

私ははじめのうちおかしいとも思わなかった。自分が長いこと屁をしていないことに気がつきもしなかった。そして、それに気づいた後でさえも、これは自分の腸の調子がよくなっているからだと好意的に捉えた。

しかし、人間がこれほどまでの間、屁をしないことなどあるだろうか。そう思うと私は不安になり、病院に駆け込んだ。そこで診察の結果、私の腸内から屁が消え去っていることが判明したのだった。

いや、正確にいうと、腸内において屁は存在するのだが、ただ、生成されたとたん、どこかに消えてしまうのだ。結果として、私はいっさい屁をすることができなくなってしまった。医者はいった。

「屁泥棒ですな。サプリメントをやめてももう腸はもとに戻らない。諦めることです」

ああ、失ってみて初めてわかる。屁がどれだけ私に快感を与えていたかを。その音がどれだけ心地よいものであったかを。そして、その匂いがどんなに私の孤独を慰めたかを。

屁なき人生とは、屁のようなものだ。

(この手記の作者は、ある事故により、自分の屁についての感覚をいっさい失った結果、このような妄想を信じることとなった。実際は、大きくてとびきり臭い屁を頻発する人物である。)

苦い文学

ピラミッドは宇宙人が作った!

宇宙人が世界の最果てに漂う青い星に飛んできて、人類を発見したとき、この幼い種族の発展を願わずにはいられなかった。

そこで、当時もっとも文明の進んでいたエジプトの王の前に現れ、こう言った。

「私は遠い世界からやってきた最高の賢者だ。私たちの力を、諸君のために提供しよう。望みを言うがいい」

強大な王は言った。「私はかつて、自分が永遠に王国を支配できるようにと、巨大な建築物を作ろうとしたことがあるのだ」

王は、倉庫に入れられたまま忘れ去られていた図面を持ってこさせ、宇宙人に見せた。「ピラミッドだ。だが、どの賢者に見せても、不可能だと言い張るのだ。それで私は諦めていたのだが、もしもお前が最高の賢者というのならば、これを作ってみよ」

宇宙人は王の無知に微笑みながら、承諾した。宇宙人は、異星の未開人のために技術を使用する許可を得るため、さっそく宇宙稟議書を作成し、本星へと送った。その稟議書が宇宙のあちこちで星の数ほどの承認をもらい、いくつもの部署を通過し、最終的な決済が降りるまで、気の遠くなるような時間がかかるのだった。

宇宙人が力を携えてやってくるのをエジプト人の王は待ち続けた。王はついにこの世をさり、次の王が即位し、さらに次の王、そして何代も経て、王朝そのものが変わった。

宇宙人の約束はしっかり伝承されていたから、新たな王朝の王も待ち続けた。そして、さらに数代経て、新たに玉座に登った王は、とうとう痺れを切らして言った。

「そもそも得体の知れぬ賢者に頼ったのが間違いのもとだ。我々でもう作ってしまおう。真剣に取り組めば、きっとできるはずだ」

そんなふうにして、エジプト人たちはピラミッドの建設に本格的に取り組みはじめた。宇宙人がいなければ、そんな成り行きにはならなかったのだから、ピラミッドは宇宙人が作ったといってもいいだろう。

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『リアルすぎる日本語』

これまでにない新たな視点を盛り込んだ日本語教科書『リアルな日本語(初級)』が刊行された。

日本の本当の姿を知ってもらおうという熱意に溢れた教材だ。通常、初級というと、文法・語彙ともに限定されているため、会話や読み物も現実の日本語から乖離したものになりがちであるが、『リアルな日本語』はそうならないための創意工夫に満ちている。

また、扱われるトピックも、きわめてリアルであるのも大きな特色だ。こうしたトピックは通常なら上級向けとされるが、それを大胆に、そして無理なく盛り込んでいるのにも感心させられる。全15課のうち、はじめの5課の内容を次に紹介しよう。

第1課 「私は満員電車の痴漢です」(日本語で自己紹介ができる)
第2課 「いいえ、パワハラ、セクハラ、ありません」(我慢ができる:その1)
第3課 「非正規労働の先に何がありますか」(道を尋ねることができる)
第4課 「日本人は弱いものいじめが好きですね」(趣味や職業について話すことができる)
第5課 「外国人は出て行きなさい」(我慢ができる:その2)

じつに有益な教科書であり、私もクラスで使用させてもらっている。ひとつ難点をいえば、教科書を最後まで終わらせることができないというのが問題だ。最初の数課で、日本語学習者が全員いなくなってしまうのだ。

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おさるのジョージ

「おさるのジョージ」は1940年代に発表された子ども向けの英語作品で、原題を「Curious George」という。アニメ放送もされている有名なシリーズだ。タイトルの通り好奇心旺盛な霊長目のジョージが、人間社会で大騒動を起こす。例えば、郵便配達の真似をして郵便物をデタラメに配ったり、ケーキ屋さんになりきってキッチンをめちゃくちゃにしたり……だが不思議といつも最後には丸く収まるのだ。

物語には「黄色い帽子のおじさん」という男性も出てくる。この「黄色い帽子のおじさん」は帽子のみならず全身黄色の服を着た奇妙な人物だが、彼こそが、ジョージを未開の地で発見し、先進国に連れてきたのだ。この登場人物はジョージの友人であり、また指導者の役割も担っている。

現在、この「おさるのジョージ」が炎上しているという。とくに「黄色い帽子のおじさん」には、日本中から猛烈な批判が寄せられている。アニメ放送も先日以来休止したままだし、愉快なグッズの数々も店頭から撤去された。

批判する人々によれば、おさるのジョージとは日本人のことなのだという。「おさるのジョージ」は、野蛮な日本人を文明人が教え導くという差別的な内容である、と非難するのだ。彼らはこう叫ぶ。

「あの黄色い帽子のおじさんを見よ! 白人たちが彼に黄色い服を着せたのは、黄色人種に対する当てこすり以外にありえない!」

ここで批判者は決まって、白い帽子に白いスーツ姿の男の画像を示す。「ほら、もともとは白服だったのに、猿の影響で黄色くなったという設定の証拠がこれだ!」

私たち、ファクトチェック委員会が調査したところ、この出所の怪しい画像は、「おさるのジョージ」とはまったく関係がなく、クレイジーケンバンドの横山剣氏であることが確認された。

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未来の選挙

私は選挙制度についてはよくわからないが、このまま日本が少子高齢化を突き進み、地方の過疎化が進み、さらに東京に人口が集中していくと、将来、奇妙なことが起こりそうだ。

ひとつを除いたすべての選挙区が東京に吸収され、そのいっぽう、東京以外の選挙区はひとつに統合されてしまうのだ。つまり、日本全国東京以外はすべて同じ選挙区なのだ。

選挙になると、この選挙区の広大な領域内では、どこでも同じポスター掲示板が立てられることになる。何百キロ歩いても、同じ立候補者の顔ばかりだ。海を渡って沖縄に行っても同じだ。まるでお釈迦さまの指に出会った孫悟空のように、有権者は絶望する。

いっぽう、東京はどうだろうか。その頃には東京は日本中の人口のほとんどすべてが集中していることだろう。都内は巨大な超高層ビルに隙間なく覆われている。そんなビルが何百万とあるハイパーメガシティに、何十億という人々がひしめき合っている。

そして、その居住ビルひとつひとつが選挙区となっているのだ。立候補者もそのビルの居住者だし、投票するのもそのビルの居住者だ。

選挙のときになると、居住者たちは、自分たちが政治家を選んでいるのか、マンションの管理組合の理事長を選んでいるのか、わからなくなる。

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ライブ・オン・ステージ

私たちの人生はまるでステージのようだ。私たちはそのステージの上で、生涯出会うすべての人々を前にして、曲を演奏し、歌うのだ。

私たちは、自分の人生に関わりのあるすべてのことを歌う。演奏や歌声の良し悪しは関係ない。自分に与えられたものを、力のかぎり鳴り響かせるのだ。

数々の曲の演奏ののち、やがて、セットリストの最後にいたるときが来る。私たちはその最後の曲の演奏が終わると、楽器を置き、ステージの袖に引っ込む。楽器は肉体だ。プレーヤーは魂だ。だから、ステージの上には魂を失った肉体だけが残される。

すると、小さな拍手が客席から聞こえだす。拍手は少しずつ大きくなり、ついにはひとつのうねりとなって、会場を揺るがす。そのときになってはじめて、ステージを離れた私たちの魂に拍手の音が届く(魂はステージの外に出ると意識が混濁しだす)。

「求められている! アンコールだ!」 私たちの魂は目を覚まし、ステージに引き寄せられる。私たちは蘇る。再び楽器を手に取り、最後の曲に取りかかる……

私たちはこのようにして人生の最後のチャンスを与えられるのだ。ただし、生前、コンサートで「アンコールするのはお約束だろ。手を叩くなんて無意味さ」とか「俺が手を叩くまでもない。他の客に叩かせておきゃあいいのさ」などと言って、拍手をしなかった者は、そのかぎりではない。