苦い文学

電車の封建精神

昔、参勤交代の大名行列がやってくると、町人や農民は歩みを止め、ひれ伏したものだった。これは身分が人間を決めていた封建社会だからで、人の平等を尊ぶ現代社会にはもはや見られぬ慣行だ。

ところが、今なおこの封建精神が幅を利かせている社会領域が存在する。

それは電車の世界だ。電車は身分制に徹底的に縛られている。鈍行・快速・特急と明確に分たれ、鈍行は決して特急にはなれない。特急の上には新幹線があるが、これものぞみを中心とする厳格な身分制社会だ。こだまに生まれたら最後、死ぬまでこだまで、のぞみののぞみなどない。

そして、この厳しい身分制がもっとも明確に現れているのが「大名行列」だ。どういうことかというと、電車の社会では、自分よりも身分の高い電車がやってくるとき、大名行列にでくわした農民のように平伏しなければならないのだ。

例えば、鈍行は快速が背後から近づいてきたら、必ず最寄りの駅に停車し、快速が通過するのをじっと待っていなくてはならない。そして、この快速も、特急が接近すれば、駅で通過待ちということになる。

もちろん、電車には電車のルールがあっても構わない。しかし、この電車の「大名行列」のせいで、中にいる乗客が待たされるとしたらどうだろうか。

乗客にはもちろん電車の身分の違いなど関係がない。なのに車内で待たなくてはならないとは、とんだとばっちりではないだろうか。

少なくとも、今の日本では私たちは憲法のおかげで誰もが平等になった。誰にでくわそうと、這いつくばる必要などのない世の中だ。

電車の世界もこうした社会の変化に敏感であるべきだ。特急だの新幹線だの速さに夢中のあまり、封建制という長いトンネルをノロノロ運転しているのではあるまいか。

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不死の男

長い間、彼は自分の命をないがしろにしてきた。いつ死んでもいいと思っていたのだ。天才は早く死ぬものさ、そんなふうにうそぶいて、命にしがみつく小市民たちを嘲笑っていた。

だが、彼にも、自分が天才でもなんでもなく、それどころか、小市民以下ですらあることに気づかされるときが来た。そのとき以来、彼のたったひとつの希望は、長生きすることになった。あらゆることに負け続けたこの負け犬は、寿命の長さで勝つという、人生のラストチャンスに賭けたのだった。

彼は長生き健康法ならなんでも実践した。命を伸ばすのに益ありと聞けば、どんな遠くにも足を運んだ。どんなまずいものでも食べた。どんなサプリメントも、どんな薬品も、彼が試さないものはなかった。長生きに関するどんな些細な情報も、彼の研ぎ澄まされた注意から逃れることはできなかった。

あるとき、街を歩いていた彼の耳に「俺はインモータル……」という言葉が飛び込んできた。長生きのために英語の文献すら目を通していた彼はすぐに気がついた。「インモータル」とは不死のことだ。「俺は不死だと? これは究極の長生きじゃないか……そうだ、今この時代、不死が実現しても不思議ではない。俺も不死を目指す!」

彼は歩みを止め、その声がしたほうを振り向いた。青白い顔の痩せた男がいた。時代を超越した謎めいた雰囲気が漂っていた。「もしや、現代のサンジェルマン伯爵では?」 彼の心は高鳴った。

痩せた男は、そんな彼に気づかず、自分の隣に立つ連れに向かって言った。「そう、俺はいつも……胃もたれ」

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登場人物たち

『すごい日本語』は、日本語学習者のみなさんが楽しく学び、日本での生活のあらゆる場面で自信をもって日本語を使うことができるように作られた教科書です。さあ、いっしょに学びましょう!

《登場人物》
『すごい日本語』にはたくさんの人々が登場してさまざまな会話をします。登場人物といっしょに会話をすれば、どんどん日本語が上手になりますよ!

グエンさん(ベトナムからの真面目な留学生)
プジュさん(モンゴルからやってきた明るい留学生)
ラオさん(愉快なインド人留学生)
ミンさん(ミャンマーからきた心やさしい留学生)
タパさん(ネパールの気さくな留学生)
ポールさん(冗談好きのアメリカ人留学生)
アンナさん(ヨーロッパからきたノンキな留学生)
ワンさん(中国出身のゲーム好きの留学生)
キムさん(みんなに頼りにされる韓国人留学生)
浜田先生(日本語の先生)
木村さん(グエンさんの友人)
高橋さん(ミンさんの家の大家さん)
皆川さん(近所の大学生)
吉川さん(木村さんの遠い親戚、喫茶店「ミレー」を経営)
南さん(浜田先生の元カノ)
高橋さん(高橋さんの生き別れの兄)
如月博士(ワンさんの師匠)
ススムくん(如月博士が開発したロボット、「ミレー」のウェイター)
佐々木さん(タパさんのバイト先の店長、実は怪盗鼠小僧)

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新たな過ち

駅前を歩いていたら、スーツにオレンジ色のタスキをかけた男が立っているのを見かけた。その男の両脇にはオレンジ色の上着の男たちがいて、日本の旗を掲げているのだった。中央の男の演説が耳に入ってきた。

……核兵器の脅威が今、日本を脅かしています! 私たちは日本が直ちに核を保有すべきだと考えています。核を抑止するのは核、これが真実です。ですが、これは現状では難しいのです。

それは、非核三原則があるからです。なので、ここで、私たちは今できることを考えなくてはなりません。非核三原則のもと、核の脅威に対抗するにはどうしたらよいか、と。

たったひとつ答えがあります。それは、日本人を核に対して強靭化することです。核に負けない体を作ることです。

不可能でしょうか? いや、日本人にはできる、きっとできます。

証拠があります。海苔です! ある科学的調査によると、この海苔を消化できるのは日本人だけなのだそうです。つまり、日本人はこの滋味豊富な海苔を消化できるように胃腸を強靭化してきたのです。

海苔にできるのならば、核にもできるのではないでしょうか? そう、日本人なら、核を消化できる頑健な胃腸を作ることなど簡単なのです。

核煮、核重、核揚げ、核ラーメン、核の軍艦、核巻き、核のおひたし……。これらの核料理に舌鼓を打つ日本人を見たら、北朝鮮も中国もロシアもアメリカも尻尾を巻いて逃げ出すことでしょう!

……この演説を聞きながら私は黙って立ち去った。たとえ過ちを繰り返さないとしても、新たな過ちがこう出てくるようでは、安らかに眠ることなどできまいと思いつつ。

「安らかに眠って下さい、過ちは繰返しませぬから……」

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アポストロフィなう

我が国はいま危機に直面している。絶えずミサイルは落下し、怪しい船が領海内を侵犯しまくっている。いまこそ、鉄壁の防衛を実現しなくてはならない。

では、その鉄壁の防衛を実現するためにはどうしたらよいだろうか? 巨大な軍艦を何隻も建造することだろうか? 核爆弾を全都道府県に配備することだろうか? それとも、我が国の全領域を電磁バリアーで覆うことだろうか?

確かに重要なことだ。だが、それだけでは不十分なのだ。アポストロフィ防衛がなくてはならない。

アポストロフィ防衛とはなにか? 日本語がローマ字表記されるとき、アルファベットの他にアポストロフィと呼ばれる「’」が出現するのにお気づきであろうか? たとえば、以下のような場合だ。

恋愛(れんあい)ren’ai
全員(ぜんいん)zen’in
新横浜(しんよこはま)shin’yokohama

もしも無知な人が「なんだこのゴマつぶみたいなの」と、このアポストロフィを消してしまったらどうなるだろうか。恐ろしいことが起きるのだ。

れない renai
ぜにん zenin
しにょこはま shinyokohama

そう、すべての意味が消え失せてしまうのだ。つまり、このアポストロフィが n と母音が結びつくのを妨げ、身を挺して言葉を守っていたのだ。そして、この捨て身の防御のおかげで、新大久保が「篠窪」にも、新大阪が「篠坂」となる大混乱を未然に回避でき、日本文化、ひいては日本国が守られていたのだ。

強大な兵器や防御は確かに必要だ。だが、これらの装備も、アポストロフィ防衛がなければなんの役に立とうか。

国民たちよ、今こそこの小さなアポストロフィになろう。そして、全身を捧げて、日本を守ろう。

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国立文楽劇場

3 年ぐらい前に平賀源内の『神霊矢口渡』をたまたま読んで以来、浄瑠璃を読み始めた。あまり本を読まないので、誰でも読んでいるもので読んでいないものがずいぶんあるが、近松門左衛門もそのひとつで、初めて読んでみて、その面白さに夢中になった。

それからも近松ばかりでなく有名なものを(ただし翻刻で)読み続けているが、一度くらいは、舞台を見てみようと思い立って、昨日と今日、国立文楽劇場の新春公演に行ってみた。

第 1 部は「新版歌祭文」、第 2 部は「仮名手本忠臣蔵」の八段目と九段目、第 3 部は「本朝廿四孝」だった。初めてではあるが、どれも楽しめた。また、当然のことながら、読んでいるだけではわからないこともたくさんあり興味深かった。

浄瑠璃で私が好きなのは、男女の恋よりも、過激だったり一癖あったりするババアやジジイが出てくるところだ。「新版歌祭文」ではそうしたジジイが出てきて私を喜ばせたが、「本朝廿四孝」では私好みのババアが出てくる三段目ではなく、四段目だったのは残念であった。

とはいえ、第四段の姫と白狐の「きつねダンス」は、これはもう舞台でなければというもので、ババアの穴を埋めるに十分であった。

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青葉市子@東京オペラシティ

3回抽選に外れて、ようやく青葉市子のコンサートに行く機会を得た。

15 周年記念コンサートの追加公演で、 1 月 23 日、東京オペラシティで開催された。それほど曲を知っているわけではないが、「いきのこりぼくら」だけでも十分聞く価値はある。ほかにもいい曲があった。

ステージはギターだけで、数曲、キーボードで歌った。スペシャルゲストは大貫妙子で、これは本当に特別な感じがしてよかった。

外国からと思しき観客も多かった。Apple Music のプレイリスト「インディーフォーク」にアメリカのミュージシャンたちにまじって曲が入っているくらいだ。不思議はない。また、4 月からワールドツアーもはじまるそうだ。

東京オペラシティのコンサートホールに行くのは初めてで、ライブハウスと違うので緊張した。音が響くので余計な音を立てないように注意していたが、急に喉に刺激を感じ、咳がしたくなって、大いに苦しんだ。これがオーケストラだったら、誤魔化しようもあったかもしれなかったが、ギター一本だけなので、逃げ場がなかった。

隣の人のお腹が鳴るのが聞こえるくらい静かな会場で、演奏中、ときどき、客席の中から「バターン!」と響く音が聞こえた。あちこちから同じ音が聞こえるのだ。初めはわからなかったが、たぶん携帯を落とした音だろう。

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裏切りのサイン

「野球選手やサッカー選手はどうしてあんなに不倫ばかりするのか、くだらない連中だ!」

そうお思いのあなた、それは勘違いというものですよ。彼らはなにもしたくて不倫をしているのではないのです。止むに止まれぬ事情からやっているに過ぎないのです。

どんな事情かと申しますと、みなさまお気づきでしょうか。スポーツ選手が不倫発覚報道で必ずこう言っていることを。

「家族を裏切ってすまなく思っている……」「支えてくれた妻を裏切ってしまった……」

なぜ野球選手やサッカー選手は一様に「裏切り」という言葉ばかり口にするのでしょうか。みんなそろってバカなのでしょうか。それともこの言葉に特別な意味があるのでしょうか?

そう、もうピーンときましたね。そうなんです。選手たちはわざとこの言葉を使って、メディアに報道させているのです。そうやって、あるメッセージを誰かに送っているのです。

どんなメッセージかと言いますと「裏切る用意はできている」ということです。

それだけではわからない? では「私はチームを」ときたらどうでしょうか。そうなのです、これは「自分はチームを裏切って移籍を考えている」という他のチームに向けたメッセージだったのです。

こんなこと大っぴらに言えませんよね。だから、スポーツ選手たちは、イヤイヤ女性をキャンプ地に誘って、祈るような思いでホテルの部屋を予約して、必死になってなんとか不倫を成立させて、その上で、マスコミを利用して、自分の移籍の意思をこっそりと伝達していたのです。まさに「裏切りのサイン」というべきでしょう。

「そんなのデタラメだ!」 そう反論される向きは、どうぞご自分でお調べください。不倫をした選手たちはことごとく、ほどなくして別のチームに移籍しているはずですから。

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面白くなければ第三者委員会じゃない

フジテレビのバラエティ社長が記者会見で、日本弁護士連合会のガイドラインに基づかない第三者の弁護士を中心とした調査委員会を立ち上げる方針を示したとき、記者たちは激怒した。

「それで真相が明らかになるのか!」

「被害者が納得するか?」

「日弁連に失礼だ!」

激しい批判に慌てたフジテレビは、今日、改めて緊急記者会見を開き、日弁連のガイドラインに則った独立した第三者委員会の設置を明言することにした。

記者会見の会場も前回のようなちっちゃな用具部屋ではない。千葉の奥地の広大な土砂採取場だ。ここなら何百人だって入れるというわけ。オールドメディアも、ニューメディアも、オールドタイプも、ニュータイプも記者という記者がどっと押しかけた。

寒風吹き荒ぶなか、席もなく立たされる記者たちの前に司会が現れ、記者会見の開始を告げる。バラエティ社長の登場だ。なんと、その後には、百人ほどの人々がゾロゾロ歩いてくる。誰もが赤か白のジャージを着ているのが奇妙だ。記者たちはなにごとかといぶかりはじめる。

ここで、バラエティ社長、片手に持った拡声器を口に当てて声をかぎりに叫ぶ!

「面白くなければ第三者委員会じゃない! 紅白対抗! 弁護士だらけの大運動会!」

たちまち水着姿の美女たちが四方から駆け寄ってきて、黄色い声援をあげる!

司会「さあ、始まりました! 全国の面白弁護士たちが第三者委員会をかけて競い合うスポーツと法曹の笑いの祭典! いったい誰に第三者委員会の栄冠が輝くのか楽しみですねえ」

解説者「ええ、競技だけでなく、思わぬ守秘事項のポロリも見逃せませんよ!」

司会「そうそう! なお、勝者には副賞として『過払金の依頼者1年分』が贈呈されます。弁護士たちも熱く燃えております! さあ、選手宣誓です!」

ジャージ姿にゼッケンと弁護士バッジの選手が中央に立つ! 「私たち弁護士は! 日弁連のガイドラインにのっとり! 正々堂々と……!!!」

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料金の発生

英語は「スル」的言語で、日本語は「ナル」的言語なのだという。

どういうことかというと、英語は「主語が何かをする」という表現が多用されるのに対して、日本語は「〜になる」という形で状況が生じる・成立することを述べる表現が多用されるからだという。

具体的な例を挙げると、例えば「二人の関係は人々の間で噂になった」を英訳すると「People started to gossip about their relationship.」となる。日本語のほうは「噂されるという状況」が成立したことを述べているが、同じことを英語では「People」を主語において「人々が噂する」としているのである(もっとも、他にもいろいろな訳し方はあるかもしれないが)。

これは日本語話者と英語話者の事態の捉え方の違いに関係していて、日本語話者は「ナル」的な見方を好み、英語話者は「スル」的な見方がしっくりくるということらしい。

これは本当かどうかは、私は言語学者ではないのでわからないが、少なくとも「料金が発生する」という言い方がよく使われるのはわかるような気がする。

というのも「私はあなたに料金を請求します」とか「あなたは料金を払ってください」とか、「スル」的にいわれると「払うもんか」という気になるが、「料金が発生しました」と「ナル」的にいわれると、「あそう、発生したの」とついつい財布を開いてしまうのだ。

だから、日本人を動かすにはなんでも「ナル」的にするのがいちばんいいのではないだろうか。「消費税が上がりますよ〜」はもちろんのこと「9条がなくなりますよ〜」ならば「9条をなくすな!」と反対していた人も、たちまち改憲バンザイだ。

「戦争になりました」になるのも時間の問題だ。