「東京に住んでいるかぎりは、それほど津波の心配をする必要はありません」と教室に入ってきた教員は、教壇の前に立って見回すと、おもむろに留学生たちに語りはじめた。「もちろん、海の近くに住んでいる場合は注意が必要ですが、東京湾があるおかげで、津波の勢いがある程度弱まるのです」 教員は東京湾の図を書いて、千葉と神奈川が波を受け止めている様子を示した。
「でも、そうはいっても、東京以外の場所、特に海の近くにいるときに、地震が起きないともかぎりませんね。ですから、地震の後に津波がどんなふうに起きるかを知っておくのは大切です。私たち日本人がよく知っているのは、津波が来る前に、海が遠くに引いていくという現象です。これは……」と教員はボードに文字を書いた。
「『引き波』と呼ばれています。もっとも、引き波がなくても津波が来ることがあるそうなので、いつも確実というわけではありませんが。さて、こんなことをいきなり話したのは」と教員は教壇に立ったまま、広い教室を見渡した。ずっと後ろの方で、学生たちがばらばらに座り、彼のほうを不思議そうな表情で眺めている。
「まるで、みなさんが、引き波のように見えたので……」
学生たちはつまらなそうに鼻で笑い、教科書を広げた。教員は、かすかに引き波の音を聞きながら授業をはじめた。