苦い文学

先生

大阪府議会で、議員を「先生」と呼ぶのをやめようという提案がなされたということだ。「先生」と呼ばれて議員が調子に乗るのを防止するためだという。

教師や師匠のような教育者こそ、「先生」と呼ばれるにふさわしい、という理由らしい。

だが、「先生」とは果たしてそんなものだろうか。江戸時代の『教訓差出口』(伊藤単朴)ではこんなふうに言っている。


近ごろ、世の中で流行っているあの「先生」という言葉は、合理的で、便利な言葉です。生意気そうな奴に会ったとき、「さま」と呼ぶのは腹立たしいし、「殿」ともさすがに言いにくいが、「もし先生、先生」といえば、相手も低く見られてはいないと考えて、ふさわしい対応をするのだから、本当に「先生」というのは、よい言葉だと思います。


要するに、「先生」というのは厄介な相手をうまくあしらって、面倒を避けるための避雷針のようなものだ。

入管収容所でも、被収容者たちは、自分たちを管理する職員たちを「先生」と呼ぶが、これもいわば「敬してこれを遠ざく」の避雷針的役割を果たしている。

議員にしても同じだ。われわれがこれを「先生」と呼ぶのは、下手なことをして怒らせたらとんでもない害が及ぶのではないかという恐れ、いわば触らぬ神に祟りなしの気持ちからであって、けっして尊敬の気持ちからではないのだ。

それを「われわれが勘違いしてしまうから先生と呼ぶな」というのは、それこそ勘違いというべきで、よくもまあそこまで思い上がったかと、かえって滑稽だ。

むしろ、われわれが「先生」とおっかなびっくり呼ばなくてもいいような、まともな態度を議員たちが身につければそれで済むことではないだろうか。

このままだと、われわれは「先生」と呼べば怒られ、「さん」づけではこっちが不安、というわけで、そのうちみんな「先生」でも「さん」でもなく、「そん」と言って口をモゴモゴさせるのに落ち着くことだろう。

苦い文学

ホンモノにはかなわない

今朝読んだネットのニュースに、今回の国葬で、どれくらいの地方自治体が庁舎で半旗を掲揚するかについての記事があった。

それにはいくつかのコメントがついていたが、そのひとつに私は非常に驚かされた。以下のようなものだ。


国が決めた政(まつりごと)なのだから県知事は怖気づかずに、市町村、職員、学校、教育委員会など県全域に対して半旗と黙祷を指示すべきだ。それくらいの事も出来なければ突然、中朝露からの攻撃に対応できない。世界は何が起きるか分からない。批判を恐れず訓練のつもりでやるべきだ。県知事や市長が自身へのリスクを感じ取り同調してしまっては任務は果たせない。その立場に就いているならば、もっと強い緊張感を持って県民に訴えるべきだ。


「半旗掲揚と黙祷が軍事訓練である」とする、この主張よりも、バカらしく、奇っ怪で、珍妙なる主張を、私は一日中考えたが、ついに思い浮かばなかった。

ホンモノにはかなわないのだ。

苦い文学

地獄の芸術

上野公園に行くと、きっと皆さんはあちこちで人だかりができているのにお気づきになることでしょう。

ちょっと足を止めて、その人だかりの中をのぞいてみましょう。そこではジャグリング、マジック、人形劇、素敵な演奏などのパフォーマンスが行われていて、皆さんも、他の観客と一緒に引き込まれ、その楽しさに時の経つのを忘れてしまうでしょう。

これらのパフォーマーは、東京都公認の大道芸人で、ヘブンアーティストと呼ばれています。都民が気軽に芸術文化に触れる機会を提供するために、都が始めた制度です。

ところで、皆さんは、ヘルアーティストが存在するのもご存じでしょうか。

ヘブンアーティストが路上でのパフォーマンスによって生きる楽しさを教えてくれるとすれば、ヘルアーティストは生きる厳しさや孤独、苦しみを教えてくれる東京都非公認のパフォーマーたちです。

お酒を持っている人が多いですが、若い人もいます。とっ散らかった人もいれば、行き場のない子どもたちもいます。

なんとなく皆さんはその中に私の姿を見かけたような気がしてきたかもしれません。私は皆さんのことをちゃんと見つけましたよ。

苦い文学

21万円の行方

かつて、私はあるビルマ人の身元保証人をしていた。入管に収容されていた彼は、やがて仮放免されることになった。彼が用意した30万円の保証金を私が納めた。

仮放免中の人は、仮放免期間延長のために定期的に入管に出頭し、身元保証人の署名の入った申請書を提出する。

最初のうちは、私の署名をもらいにきていた彼だったが、やがて来なくなった。私は彼に電話をかけたが、その番号はすでに使われていなかった。後に、彼を知る人から「どうせまた捕まるなら仮放免など意味がない」といって逃げて、どこかで不法就労している、と聞かされた。

それからある期間が経ち、入管から彼の名の記された通知が届いた。「仮放免を取り消したので保証金の一部金 90,000 円を没収した」と書かれていた。

そこで、いずれ彼から直接連絡があるものと思って待っていたが、何も来なかった。やがて、私は忘れてしまった。

この通知から2年して、再び入管から彼の名が記された通知が届いた。見れば、こんなようなことが書いてある。

「仮放免保証金の還付手続がまだ行われていません、某月某日までに行わないと、会計法令の規定に基づき、国庫に納入されます」

残りの21万円のことだった。

私は彼が日本にいるのか、帰国したのか知らず、連絡先もわからなかった。

還付手続きに必要な「保証金受領証書」は私の手元にはなかった。あるとすれば彼のところだが、確認のしようもなかった。

「保証金受領証書」がない場合、警察に「なくした」といって遺失届を出し、「盗難又は遺失届出証明書」をもらって入管で手続きを進めなくてはならない。

だが、そもそもその紙を私は持っていなかったのだから、「なくした」というのは嘘だ。

わざわざ警察に嘘をつきに行くことはない、と考えた私は行かないことに決めた。忙しく過ごすうち、いつしか期限の日も過ぎ去っていた。

すると、先日、電話がかかってきた。彼からだった。今まで逃亡していたが、もう一度、難民申請をすることにしたというのだ。彼は言った。「保証金を返してください」

私が通知の写真を送り、事情を説明すると、彼は電話を切った。

今ごろ彼は、私が保証金を盗んだと、あちこちで言いふらしていることだろう。なんなら21万円を賭けてもいい。

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世界征服離れ

「近頃の若者は」などとは、この時代では禁句ですが、それでも言いたくなるような時もあります。

つい先日も、新しい大量虐殺兵器の開発会議をしたのですが、どうも若い人々にはこういう巨大兵器は時代遅れに思えるようなのですね。「これからは悪もサステナブルであるべきでは?」だなんて言うのです。

私は思わずカッとなって、手元のボタンを押しました。目の前の床が抜けて、いつもだったら、そうした生意気な口を聞く部下は奈落の底に落とされるのですが、Zoom 会議だったことを忘れていました。

しかし、これはまあ、かえってよかった。高齢化社会では、若いスタッフを今までのように簡単に殺していては、世界征服事業自体が立ち行かなくなるのは目に見えています。

私たちも、若い人の意見をよく聞き、若い人のやり方に合わせる必要があるのです。例えば、若者のテレビ離れなどと言いますが、これは私たちのような悪の組織にとっては本当に困ったことです。

世界征服の宣言なり、世界連邦政府に対する脅迫なりは、テレビ電波を乗っ取って、お茶の間に我々の顔を映し出して行うのが伝統なのです。ですが、誰もテレビを見ないと言うのでは、これは意味がありません。かといって、Youtubeなどでは、テレビジャックされる驚きがないのです。

そこで、私たちは若い人々の意見を取り入れ、動画ストリーミング配信事業を立ち上げました。大量の会員を確保し、世界中の人々が動画を視聴しているときに急に画像をメチャクチャにして恐ろしげに現れればいい、と考えたのです。

なによりも会員数が大事ですから、どの配信サービスよりも安価で、どの配信サービスよりも豊富な動画作品をご用意しました。おかげさまで現在、会員数世界一となっております。

最近では、オリジナル作品にも力を入れており、韓国のプロダクション「スタジオ・ドラゴン」と共同制作した恋愛ドラマも独占配信しています。皆さんも、ぜひこの機会にご利用のほどお願い申し上げます。

苦い文学

秘密の箱

森羅万象に及ぶ広大な帝国を築き上げた独裁者は、軍に命じてひとりの男を連れて来させた。

「お前は、我らが帝国を崩壊させる秘密を知っていると言うではないか」

男はうなずいた。

「その秘密を私に教えよ。あるいはこの場で死ぬかだ」

男は身につけていた首飾りを手に取り、それにぶら下がる小さな立方体を示した。「その秘密はこの箱の中に封じ込めてある。だが、私は渡さない」

独裁者は直ちに男を殺し、その秘密の箱を手に入れた。

「この箱さえ隠しておけば、我らが帝国は安泰だ」

だが、やがて独裁者は抑えがたい好奇心にさいなまれるようになった。

「これほどの帝国を滅ぼす秘密とはなんだろうか」

そこで、帝国でもっとも優れた科学者を呼び、この箱を開けるように命じた。

だが、それは非常に困難だった。箱が開けられないと聞かされた独裁者は怒って、科学者を殺した。すると、奇妙なことが起きた。血まみれの科学者の遺体は見る間に消失し、ただ、あの小さな箱だけが残されたのだった。

独裁者はすぐさま別の科学者にふたつになった箱を開けるように命じた。だが、それはもうひとつの箱を増やしただけに過ぎなかった。つまり、2番目の科学者も失敗し、殺されたのだった。

独裁者は次から次へと科学者を呼び集め、開けられないと知るや、殺していった。そして、その度に、小さな箱が増えていった。

やがて独裁者は、自分が秘密の箱に囲まれていることに気がついた。

もはや取り巻きは誰もいなかった。というのも、みな科学者と一緒に殺されていたからだった。

箱はあまりにも多かった。どうやら、帝国を作り上げる過程で殺してきたすべての人間たちも箱を残して死んでいったようなのだ。

このときだ。自分の帝国が秘密の箱の積み木に過ぎないのを、独裁者が知ったのは。

秘密の箱で築かれた帝国の玉座に座りながら、独裁者は箱が崩れ始めるのを感じていた。

苦い文学

感謝の回転

あるとき、飲み会で帰れなくなって、友人の家に泊まったことがある。朝になり、さわやかに目覚めた私が、帰り支度をしていると、友人が眠たげな顔つきでこう文句を言ってきた。

「ああ、おかげで一睡もできなかった」

てっきりいびきのことかと思った私が謝ると、彼は「ちがうちがう。一晩中回転されてちゃ、こっちが困るんだよ」

「回転?」

「仰向けのまま、尻を中心にぐるぐる回ってたんだ。気がついてなかったのか? まるで、おかしくなったコンパスの針みたいに。部屋はメチャクチャになるわ、眠れないわで……」

なんのことかわからなかったが、やがてピンときた。

足を向けて寝られない人が多過ぎるせいなのだ。

つまり、横になった私が、一方向に足を伸ばすやいなや、たちまちその方向にいる「足を向けて寝られない人」に足が反発して横にずれる。だが、そのずれた先の方向にも別の「足を向けて寝られない人」がいる。すると、私の足はこれにも反発してさらにずれる。だが、その先にも、その先にも……。

この連続、つまり、全方位にわたって生ずる反発の連続が、眠れる私の回転を生み出したのだ。

日頃から、私が感謝の念を抱いて暮らしている素晴らしい人間であることをよく伝える、とっておきのエピソードだ。

苦い文学

保証金受領証書

私が身元保証人をしているビルマ人の難民がビザをもらった。彼女は入管に収容されていたことがあり、仮放免された時に30万円の保証金を納めた。

その返還の手続きで、私の署名が必要なので、会うことになった。

保証金を返してもらうには、一枚の紙がどうしても必要だ。それは「保証金受領証書」で、これは保証金を納めたときにもらうものだ。

だが、この紙、これが実になくなりやすいのだ。そして、彼女もやはり紛失していた。

「保証金受領証書」がなくなったときの手続きについては、すでにこのブログで書いたが(「証書をなくしたら」2022/03/18、「盗難又は遺失届出証明書」2022/03/19)、要するに警察になくしたと届け出て、証明書をもらわねばならない。

これは特別な「裏技」でもなんでもなく、入管がそうしろと指示しているのだ。そして、入管がわざわざそんなことを言うということは、この紙をなくす人続出ということでもある。

お金に関わる紙なのに、どうしてそんなになくしてしまうのか。それには理由がある。もっとも大きな理由は、保証金受領証書をもらった時から、返還手続きまでの期間が長いということだ。

今回の場合は、彼女が仮放免されたのが2012年だから、つまり、10年もの歳月が流れている(仮放免の10年など短いほうだ。入管では時間の流れが異なるのだ)。

10年だろうがなんだろうが、ちゃんと金庫にでも保管しておけばいい、という人もいるかもしれないが、仮放免の人の生活はそんなに落ち着いたものではない。

経済的にも不安定だし、たいていは共同生活なので、そんな中で、一枚の紙を保持するというのはなかなか難しいだろう。

おそらく、「保証金受領証書」自身も「こんなに待たされるのでは」と見切りをつけて、どこかに行ってしまうのではないだろうか。

苦い文学

ロマンス詐欺

ご注意ください! ロマンス詐欺。

【ロマンス詐欺とは】
SNS・マッチングアプリなどインターネットを通じて、裕福な外国人を装って接近し、恋愛感情を利用して詐欺をはたらくのが「ロマンス詐欺」。全国で被害が相次いでいます。

【その手口:Aさん (20代・男性)】
Aさんは、日本在住でビジネスをしているという中国人の女性とSNSで知り合いました。頻繁にやり取りするうちに、恋愛感情が芽生えてきたといいます。

女は言葉巧みにAさんを誘い出し、交際が始まりました。やがてAさんは女に会うために夜な夜な外出するようになりました。帰宅するのはいつも明け方です。次第にAさんはやつれ、見る影もなく変わってしまいました。

心配した友人が、Aさんの跡を追うと、Aさんが向かったのは、中華街でした。Aさんは、暗い裏道の廃屋に入っていきました。その中を覗いた友人が目にしたのは、白蛇に巻きつかれているAさんの姿でした。

不審に思った友人がその場で通報をしてくれたおかげで、Aさんは命びろいをしましたが、さもなければ、美しい中国人女性になりすまし、Aさんの恋愛感情を利用した妖怪に、生気をすべてだまし取られているところでした。

インターネット上の出会いが詐欺被害につながるおそれもあることを理解し、本当に相手が大丈夫な人間なのか、あるいは、そもそも人間なのかどうか、十分に見きわめていただきたいです。

苦い文学

偉大な一歩

昨日の午前中は、カレン人の友人と高田馬場で会った。特に重要な用事があったわけでもなく、少し話をしてから、新宿に移動して、西口にある回転寿司屋でお昼を食べた。そこではカレン人の難民が寿司を握っているのだ。

かつて日本で働いていたカレン人がアメリカで寿司の弁当を作っているという話になった。スーパーに卸して、月収9000ドルだという。家も2軒あるとか。

日本で働いているカレン人の話にもなった。その友人は、今は新宿でビルの清掃の仕事をしているが、朝だけなので、まる1日働けるところに移る予定だという。

「それで手取りで15万円ぐらいもらえるかな」 我が国ではアメリカのようには行かないのだ。 

新しい仕事先として候補に上がっているのは、別のカレン人が働いている職場だ。

国会議事堂の清掃だという。

ヨーロッパの国々では難民出身の政治家がいるが、これからの日本を考えると、我が国もいずれは国会で難民出身の政治家が活躍するような社会に変わらなくてはならない。

この点に関して、ささやかではあるものの、偉大なる一歩がすでに踏み出されていた、ということをみなさんにご報告したい。