苦い文学

たった1日のお姫様

昔、貧しい日本人の女の子がひとりで暮らしていました。

その子の仕事はといえば、トイレ掃除なのでした。とても大変なので、他の仕事がしたいと社長に言うと、社長はこう言って嘲笑うのでした。

「お前は日本人だろ。昔、日本人は自分たちのトイレがキレイだと鼻高々だったじゃないか」

それにもうひとつイヤなことがありました。給料日、社長は女の子にだけ円で支払うのです。

「円では何にも買えません。他の人と同じようにドルでくださいな」と女の子が訴えると、社長は「昔、お前たち日本人はその円でなんでも買っていたではないか」とせせら笑うのでした。

女の子はもらった円をわずかなドルに変えると、ほんの少しだけお米を買って、次の給料日まで我慢して暮らすのでした。

厳しい冬がやってきました。その年は作物の出来が悪くて、お米でも野菜でもなんでも値上がりして、女の子の食べ物はとうになくなってしまいました。何日も食べられない日が続き、女の子は頭がくらくらしてきました。

女の子はあんまりにもつらくて、泣きながら神様にお祈りしました。

「神様、お願いです。たった1日でいいから、円高ドル安にしてください」

いつの間にか眠ってしまったのでしょうか。女の子が目を覚ますと、あたりがにぎやかです。人々が叫んでいます。

「やあ、また日本人がビルを買収したぞ」「やはり円は強いなあ」

女の子が立ち上がると、ポケットから諭吉や聖徳太子や英世がこぼれ落ちました。周りの人々が驚きます。「なんというお金持ちだろう!」

女の子は町で一番高級でおいしいケーキ屋に行って、樋口一葉を差し出しました。すると、パティシエはびっくり仰天して言いました。「ケーキをぜんぶ持っていってください!」

女の子は飽きるほどケーキを食べると、次に町でもっとも大きなデパートに行って、岩倉具視をちらつかせました……。夢のようなドレス、輝く靴、美しい指輪、きらめくネックレスで飾り立てられた女の子は、その日、まるでお姫様のようでした。

そして、楽しい1日が過ぎ去り、夜がやってきました。女の子は自分がした願い事のことをちゃんと覚えていましたから、寝るのがとても残念でした。ですが、キラキラした宝石や金の指輪を見ているうちに眠ってしまいました。

翌朝、人々は痩せ細った女の子の死体が道端に転がっているのを見つけました。その顔に優しい笑顔を浮かんでいるのを見て、だれもが「日本人って笑うんだ」と驚いたということです。