前立腺に異常が見られるというので、大きな病院の泌尿器科に行った。結果としては特に問題がなかったのだが、診察前のアンケートで一日の排尿の回数の項目があり、一日に何回するか考えたこともなかったので、少し多めに書いた。
診察に当たってくれた先生はとても親切な先生だったが、少しせっかちのようだった。彼は診察しながら、私に対してどういう診察をしたかをコンピューターにしっかり記録していくのだが、せっかちのあまり必ず誤入力するのだった。
先生は、私のアンケートを見て、頻尿の症状を読み取った。
「おしっこは一回は我慢してください。そうして膀胱をしつけるのです。これを膀胱訓練といいます。子どもをしつけるようなものです」
魂が肉体の主人であるように、私も膀胱の主人なのであった。
先生は、話し終わるや、さっそくパソコンに入力した。だが、「膀胱訓練を指導」と入力するつもりが、せっかちすぎて早めに変換して「暴虎」となってしまった。
暴虎! 先生はこれまでいくど「膀胱」と入力したかしれないのに間違うとは……
私は夜の山道を歩いていた。
すると、草蔭から一匹の暴虎が躍り出た。虎は、あはや私に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。私は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が膀胱ではないか?」
草叢から声が聞こえた。そして、膀胱は虎に成り果てた由縁を長々と語つたのだつた。言終つて、叢の中から、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。
「泣いてる、膀胱が!」と気づいた私は、慌てて便所を探した。