苦い文学

私のストレス解消法

日々の仕事に追われて、疲れが溜まり、心が鬱屈してくるたびに、私は新大阪行きの新幹線に飛び乗る。

そして、新大阪に着くや、向かうのは、駅のエスカレーターだ。大阪に滞在する間じゅう、乗って降りてを繰り返すのだ。

大阪に通うようになって何年も経つ。何度来たことかわからないが、私の大阪での休日の過ごし方はこれ以外にない。ユニバーサルスタジオも、たこ焼きも、吉本新喜劇も、新世界にも興味はない。ただエスカレーターだ。

ご存知のように、大阪と東京ではエスカレーターで立つ位置が違う。東京は左に立ち、大阪は右に立つ。私は東京の人間だから、エスカレーターでは当然左に立つ。だからこそ、大阪のエスカレーターで右に立つのが、楽しく、心踊る体験となる。

余暇とは心の解放だというが、私にとっては、凝り固まった東京の左から抜け出て、大阪の自由な右を体感するのが、この上ない余暇の過ごし方なのだ。

数年前、初めて大阪に一人で行き、おそるおそる右に立ったときの喜びと感動は忘れられない。それは、まさしく禁忌を破る痛快な体験だった。ドキドキは止まらず、足もガクガクと震えたが、私はすっかりこの快感の虜となってしまった。もう大阪に来た用事など忘れて、ひたすらそのエスカレーターを昇っては降り昇っては降りを繰り返した。それこそ何時間も夢中だった。

私が我に返ったのは、警官たちに呼び止められ、エスカレーターから無理やり降ろされたときだった。彼らは私の不審な行動に気がつき、盗撮かそれに類した卑劣な犯行の最中ではないかと考えたのであった。

私はあわてて事情を説明し、初めての体験に周りが見えなくなっていたと釈明した。すると、彼らは笑い出し、こう言った。

「東京からはあなたのような人がけっこうやって来るんですよ。ですが、同じエスカレーターに乗り続けるのだけはやめるように。駅にはあちこちにエスカレーターがありますよ」

私は自らの軽率な振る舞いを詫び、さらに親切な助言にも感謝をして、その日は東京に帰ったのであった。そして、その時以来、大阪はストレス解消の地となった。

大阪での滞在時間は、せいぜい14時間ほどだ。その間、私は新大阪駅とその近辺にある施設のエスカレーターで、最終便ギリギリまで遊びつくす。

そして、東京に向かう新幹線の中の私は、遊び疲れてはいるが、すっかりストレスから解放され、再びいつものように左に立つ気力に満ち満ちている。