食べ物でもなんでも当たり前がいちばんおいしい。もしかしたら「当たり前」が最良の調味料かもしれない。そう考えた博士がいた。そこで、何年もの研究のすえ、博士は「当たり前」の抽出に成功した。博士はさっそく著名人やマスコミを集めて、披露することにした。
「ここに肉じゃがの鍋が2つあります。どちらも同じ肉じゃがですが、片方の鍋に『当たり前エキス』を加えてみましょう」
博士は助手を呼んで、鍋のひとつに粉末を振りかけさせ、しばらく加熱させた。「できました。どうぞこのふたつの肉じゃがを食べ比べてみてください」
人々は食べ比べてみるやいなや、口々に「やっぱり当たり前がいちばんだ!」と感嘆の声をあげた。
当たり前の肉じゃがを夢中で食べる人々を前に博士が満足げに立っていると、ある人がやってきてこんな発言をした。
「こんな時代に『当たり前』なんて言うのはおかしいです。私たちの国にはいろいろな国の人がいるのだから、自分の当たり前が通用するなんて思ってはいけないと思います」
人々は「私たちの当たり前にケチをつけるなんて、なんて当たり前でない人間だろう」と思ったが、怒り出すのは当たり前ではないと思って黙っていた。すると、博士は余裕の笑みを浮かべて人々に語りかけた。
「私はこんな反論のあることも予期していました。これをご覧ください」と、博士は別の粉末を取り出した。「これは、外国の当たり前を抽出したものです」
博士は、助手にその粉末を渡すと、先ほど日本の当たり前を入れた鍋に投入するように指示し、再び加熱させた。
ものの数分も経たないうちに驚くべきことが起きた。グツグツいうにつれて、汚らしい灰汁が浮かび上がってきたではないか。灰汁はたちまち膨れ上がり、肉じゃがはもはや食べ物にすら見えなくなった。
「ご覧ください。日本の当たり前に外国の当たり前を混ぜると、こんなふうになってしまうのです」
人々は、用意周到な博士にあたらめて賛辞を送ると同時に、当たり前でない発言をした人を協力して会場から追い出した。なぜなら、そうされて当たり前だったから。そして、「やはり日本では日本の当たり前がいちばんおいしいのだ。私たちは日本の当たり前を守らなくてはならない」と誰もが決意しながら、帰途についた。
人々が立ち去ると、博士は助手に片づけるよう言いつけて、もっと純粋な当たり前を開発すべく実験室に戻っていった。
ひとり残された助手は、ただちに片づけに取りかかったが、灰汁だらけの肉じゃがを捨てるのはもったいないような気がした。そこで再び加熱して、丁寧に灰汁を取って、食べてみた。
当たり前の肉じゃがなんか目じゃないくらいうまかった。