苦い文学

感じるゾーン

ベルリンに行くため、空港の搭乗ゲートに着くと、もうボーディングのアナウンスが始まっていた。

女性スタッフがボードを掲げて、ビジネスクラスと子連れの家族に搭乗を促していた。しばらくすると、エコノミークラスの搭乗も始まった。女性スタッフが Zone 1 と記されたボードを見せて回る。該当する人々が席から立ち上がり、たちまち列ができた。

私は搭乗券を見た。Zone 4 と書いてある。まだまだ先だと思いながら、空いた席に座った。カウンターに向かう人々を見ていると、列の脇に立つひとりの男に目が止まった。

その男は見た目は普通の旅人のようだった。だが、私の目にいかにも異様に思われたのは、その赤みを帯びた顔とうつろな目つきであった。さらに観察すると口をもごもご動かして、「アッ」とか「ハッ」とか小声で言っているようだった。

この不審な男に気を取られている間に、新たな案内が始まった。女性スタッフが「Zone 1 & Zone 2」というボードを手にやってきた。

そのとき、さらに異様なことが起きた。例の男はそのボードを見るや、手で自分の胸を押さえたのだった。その顔はさらに赤みを帯びた。興奮しているのだ。体がワナワナと震えている。男は恍惚とした表情で自分の胸を手で覆っていた、いや、遠目からもわかるくらい強く握っていた。

そして、Zone 3 のボードを持ったスタッフがやってくるころには、次に何が起きるか、私は理解していたように思う。男は自分の腹に手を当てた。ここが Zone 3 なのだ! 手はその Zone を激しく掻きむしった。興奮の喘ぎがはっきりと聞こえた。顔は紅潮し、その目はまるで飴のようだった。

Zone 4 の番が来たとき、男の身に起きたことについては、なにもいうことができない。というのも、私は恐るべきカタストロフィの予感に居ても立ってもいられなくなり、ボードがやってくる前に列に並んでしまったからだ。ただ、Zone 4 のボードを持った女性スタッフが私の並ぶ列を通り過ぎていったとき、自分の背後でなにかが倒れる音と「ゾォオォンン……」という歓喜とも苦悶ともつかぬ呻きを聞いただけだ。