昔、参勤交代の大名行列がやってくると、町人や農民は歩みを止め、ひれ伏したものだった。これは身分が人間を決めていた封建社会だからで、人の平等を尊ぶ現代社会にはもはや見られぬ慣行だ。
ところが、今なおこの封建精神が幅を利かせている社会領域が存在する。
それは電車の世界だ。電車は身分制に徹底的に縛られている。鈍行・快速・特急と明確に分たれ、鈍行は決して特急にはなれない。特急の上には新幹線があるが、これものぞみを中心とする厳格な身分制社会だ。こだまに生まれたら最後、死ぬまでこだまで、のぞみののぞみなどない。
そして、この厳しい身分制がもっとも明確に現れているのが「大名行列」だ。どういうことかというと、電車の社会では、自分よりも身分の高い電車がやってくるとき、大名行列にでくわした農民のように平伏しなければならないのだ。
例えば、鈍行は快速が背後から近づいてきたら、必ず最寄りの駅に停車し、快速が通過するのをじっと待っていなくてはならない。そして、この快速も、特急が接近すれば、駅で通過待ちということになる。
もちろん、電車には電車のルールがあっても構わない。しかし、この電車の「大名行列」のせいで、中にいる乗客が待たされるとしたらどうだろうか。
乗客にはもちろん電車の身分の違いなど関係がない。なのに車内で待たなくてはならないとは、とんだとばっちりではないだろうか。
少なくとも、今の日本では私たちは憲法のおかげで誰もが平等になった。誰にでくわそうと、這いつくばる必要などのない世の中だ。
電車の世界もこうした社会の変化に敏感であるべきだ。特急だの新幹線だの速さに夢中のあまり、封建制という長いトンネルをノロノロ運転しているのではあるまいか。