苦い文学

排便なき未来

「ヒトの意識は大便によって形成された」との自説を語った博士は、聴衆に向かって、「実は、今、ヒトの意識と大便の関係が危機を迎えているのです」とさらなる驚愕の事実を明かした。

「トイレの自動水洗機能によって、私たちの大便が勝手に流されているということはお話ししました。もしトイレが今後さらに進化するとしたらどうなるでしょうか」 博士が会場を見回すと、誰かが「なくなる!」と叫んだ。

「そうです! 私たちは自分の大便をまったく見ることがなくなるでしょう。私たちが大便を見る前に、トイレが自動で流してしまうのです。しかし、と異論を唱える方もおられることでしょう。私たちには自分の大便を見る権利があるはずだ、と。例えば、健康状態を判断するのに、自分の大便を見るのは大切なことです。

「ですが、もしもトイレがそれほどまでに進化したとするならば、便を医学的に検査する機能もまた便器に備わっていると考えるのが普通ではないでしょうか。そうです、私たちは自分の大便を確認する必要すらなくなるのです。なぜなら、高度に進化したトイレは、医者と区別がつかないからです!

「となると、私たちの生活から大便というものがますます切り離されていくということになります。いずれ、大便というものを見たことがない、という新たな世代も出現するに違いありません。そんなことあるものか、とお思いになる方は、ちょっと考えてみてください。現代の私たちもまた死や血から注意深く切り離されているではありませんか。それと同じことが、大便にも生じるのです。

「さて、高度なトイレにはいったいなにが不可欠でしょうか。そうです、AI です。実はこの AI こそが、私たちと便との固い紐帯を切断する張本人なのです。AI が私たちから大便を奪う、そう言っていいでしょう。

「ヒトの意識は大便と一致する、と私は申し上げました。もしも、近い将来、私たちから、AI に大便が奪われたとしたら、いったいなにが起こるでしょうか。大便を失った私たちの意識はどのように変容するでしょうか。私にはどうも恐ろしい未来が待ち受けているようにしか思えません」

博士がこのように警鐘を鳴らして講演を締めくくったとき、会場には誰ひとり声を出すものはいなかった。便器がかくも恐ろしい企みを抱いているとは、誰も思いもしなかったのだ。だがそのとき、聴衆のひとりが急に手を上げた。博士が指名すると、質問者は立ち上がった。

「AI が私たちから大便を奪うだろうという、先生のお言葉を危機感を持って受け止めたものでございます。この流れ、まさしくトイレだけにこの流れに抗するには、私たち一般市民はどうすべきでしょうか」

博士はただこう答えた。「おまるです。おまるだけです!」