苦い文学

トーチョー

ローマ字の綴りで “ky” は “Tokyo” や “Kyoto” などのように、日本語の「キャキュキョ(kya, kyu, kyo)」に用いられる。

ビルマ語にはこの「キャ、キュ、キョ」に当たる音がない。別になくてもいいのだが、問題はこの音をビルマ文字で “k” と “y” にそれぞれ当たる音の組み合わせで表記し、なのに実際の発音は「キャ、キュ、キョ」ではなく、「チャ、チュ、チョ」(に似た音)となることだ。

そんなわけで、ビルマ語話者は「Tokyo」を「トーキョー」ではなく「トーチョー」と発音する。ビルマ文字の綴りに変換してしまうのだ。どうしてこんなことが起こるかだが、おそらく昔はビルマ語には「キャ、キュ、キョ」という音があったが、これが歴史的変化により「チャ、チュ、チョ」に変わってしまったのだろう(こうした変化は他の言語でもよくある)。音は変わってしまったが、綴りは変わらないので、 “ky” が「チャ、チュ、チョ」を表すこととなってしまったのだ(こうした綴りのずれは、日本語にも英語にもたくさんある)。

もっとも、ビルマ語話者が「キャ、キュ、キョ」を発音できないわけではない。ただ、それはいわば「外国語の音」なので、若干の訓練が必要なのだろうと思う。

以前、東京に来たばかりのビルマ語話者が「ここがトーチョーか」などと言っていると、先輩のビルマ語話者が「トーキョーだよ」と訂正したことがあった。外国では「チャ、チュ、チョ」ではなくて「キャ、キュ、キョ」のときもあるよ、ということはビルマ語話者はそれなりに意識しているようだ。

さて、以前、留学生に日本語を教えていたときのことだ。いくつかの調味料が教科書に出てきたので、私はあるビルマ人学生に音読させてみた。

「塩、醤油、酢、ソース、マヨネーズ、ケキャップ……」

ケキャップだって!

と、私は心の中で叫んだ。このビルマ人学生は、「チャ、チュ、チョ」は「キャ、キュ、キョ」で発音する、ということを意識しすぎて、「チャ」のままでいいものまで「キャ」に直してしまったのだ。

この現象は、言語学では過剰訂正(つまり、なおしすぎ)と呼ばれている。