苦い文学

道を渡りし者(11)

吉田は残念そうに首を振った。

「それはないでしょう。いまや薬屋の周辺に続々とギャラリーが集結しています。事情を知らない人々にとっては市長の息子は市長の代理なのです。外からやってきたならず者を市長の息子が打ち負かすのを見にやってきた熱烈な支援者を追い払うことは、市長にはできないはずです……もう時間です。私たちも向かいましょう」

そして、私たちは信号に出くわさないように複雑な経路を辿り、10 時 5 分前に薬屋に到着した。すでに薬屋の駐車場や国道沿いの歩道は人で溢れていて、横断歩道に出るためには、かき分けて進まねばならないほどだった。

それにしても、なんという交通量だろうか。道路を前にした私は、猛スピードで行き来する車の轟音と、大型トラックの地響きに圧倒され、吉田に小声で言った。「これは絶対に渡ることなど無理だ」

吉田はこれには答えずに、横断歩道の手前に立つ野上章雄に声をかけた。彼は仁王立ちで道路を一心に見つめていた。あまりにも集中していたので、吉田はいくども声をかけねばならなかった。章雄は振り返り、私に目を止めると微笑んだ。その顔は昨晩とはうって変わって穏やかで、ただ青白かった。

そのとき、最前列にいたひとりの小柄な老人が飛び跳ねて私たちの間に入ると、私を睨みつけて話し出した。

「この男が(と私を指し)、私たちの町を侮辱したのだ!」 市長だ、と吉田は私にささやいた。「そして、いま私の息子が、この男のペテンを暴き、この私に次ぐ4度目の奇跡を起こすために、ここにきている!」 盛大な拍手が巻き起こった。「私はまだ現役だ。このような道路を赤信号で渡るのはまったく怖くない! だが、ちょうど市が今、若者の活躍を促す政策に取りかかったのに合わせて、私も奇跡という資格を、この若者に託そうと思う! さあ、赤信号で渡り、この敵(私のことだ)を打ち負かすのだ! 我が息子よ!」

このとき私は、章雄が顔を歪め、激しい憎悪を剥き出しにするのを見た。思わず私は逃げようと、群衆に向かって走り出したが、市長の取り巻きが飛び出してきて、私を横断歩道の方へと突き飛ばしたのだった。