私は吉田一家(夫婦と一人息子)とともに夕食を食べ、入浴を済ませた。
珍客にすっかり興奮してしまった息子は、私を独占し、自分の持っているすべてのゲームを見せるまで寝ないと言って聞かなかった。結局、母親に寝室に連れて行かれるまで続いたこの触れ合いが、どれだけ私の不安な心を慰めたことだろうか。
それから私は無口になり、吉田もやはりおし黙ったまま、ときどき携帯を見つめていた。夜はますます重苦しくなり、耐えかねたように彼は立ち上がると、私を和室に案内した。そこで一夜を過ごすのだ。
「襲われたりしないでしょうか」
「大丈夫です。いまや噂は町中に広がり、明日の朝の勝負を知らない人はいません。これは明らかに仕組まれた政治ショーです。あなたに害を加えて困る者がいるとしたら、ほかならぬ市長たちでしょう」
そして、私はひとり横になり、いくども寝返りを打ちながら、明日のことを考えていた。
どのような形でその「勝負」とやらが行われるかはわからない。だが、いかなる場合でも、道路を先に渡るのはあの野上の息子でなくてはならない。
もし私が先に渡ってしまえば、騒ぎはかえって大きくなり、私はますます苦境に追い込まれるだろう。だから絶対に先に動いてはいけない。
あいつを先に行かせるのだ。それでもし渡ってしまったら? 人々は興奮し喝采をあげるだろう。狂乱状態に陥り、それこそ私に襲いかかり、八つ裂きにしようとするかもしれない。
だから、絶対その前に、私は動かなくてはならない。野上に向かってひれ伏し、叫ぶのだ。「あの方こそ本当の奇跡を起こすものだ!」と。そしてさらに大声でこう告げるのだ。「私がここに来たのは、私よりはるかに偉大な者が赤信号を渡るためである!」 これだ!
だが、もし渡れなかったら? もちろん、そのときは私も渡らない。たとえ渡れたとしても渡れないふりをするのだ。私は野上のほうを向き、手を差し伸べるだろう。握手をし、健闘を讃えあい、友として別れることだろう。次の正月には彼から年賀状が送られてくるかもしれない。美しい思い出の記念として……だが、私は返事を出さないだろう……
いつしか私は眠りに落ち、そして朝がやってきた。