苦い文学

絶望した人々を救え!

競争社会の厳しさと経済格差の拡大により、自己肯定感を失い絶望している人々の存在に心を痛めた大富豪は、財団の研究員たちに対策を練るように命じた。

研究員たちは、完成か死かという壮絶な決意をもって研究に臨み、数ヶ月後、大富豪のもとに小さなイヤホンを持ってやってきた。

「自信を失い絶望した人々は、この装置で、自分が人生の中心だという自信を獲得するでしょう」

大富豪はなんでもまっさきに研究成果を試さずにはいられなかったから、研究員からイヤホンを奪って装着した。

たちまち大歓声が大富豪を圧倒した。まるでドームのステージにいるような臨場感だ。大富豪は数歩あるいた。すると、数万の観客たちが大喝采を送った。

そばにある椅子に座る。大きな拍手が湧き起こる。会場は大盛り上がりだ。

大富豪は思わず口走った。「ありがとう!」

ヒューヒュー! ピーッ! 観客たちは歓声と口笛で応じる。

「サンキュー!」 なぜか英語も飛び出た。割れんばかりの拍手!

大富豪はだんだん生き生きとしてきた。何万人ものファンが応援してくれているという、絶対的な肯定感が大富豪を若返らせたのだった。

大富豪は思わず飛び上がり、走り回った。この世で誰も見たことのないダンスを踊り、誰も聴いたことのない歌を歌った。ファンたちは熱狂し、ドームのボルテージは最高潮に達した。

研究員たちは大富豪がこれほど機敏に動き、顔を輝かし、楽しそうにしているのを見るのははじめてであった。「成功だ」と誰もが確信した。

大富豪はさすがに疲労し、椅子に腰掛けた。だが、すぐに立ち上がり、猛烈に体を動かし始めた。しまいには、ふらふらになってぶっ倒れた。

「おかしいぞ」 研究員たちは大富豪のそばに駆け寄った。だが、大富豪は研究員たちを振り払い、よろめきながら立ち、ふたたびあの過激なパフォーマンスを始めた。何度倒れても、そのたびに立ち上がるのだった。

「いかん!」 研究員たちは慌ててコンピュータでイヤホンの音声をモニターした。すると、スピーカーからこんな音声が流れてきた。

「アンコール! アンコール! アンコール!」 倒れた大富豪は体を痙攣させて、必死に立ちあがろうとしていた。

研究員たちは大富豪に飛びかかり、イヤホンをひったくった。

大富豪は虫の息で ICU に担ぎ込まれた。研究員たちは、その夜、お祝いをかねて、そろってライブに行く予定だったが、やむなく中止となった。