5年ほど前、私は友人と飲みにいった。店は上階にあり、支払いを終えてエレベーターに乗ると、すぐ下の階で2人の男たちが乗り込んできた。
2人は英語を話している。どうやら観光客のようだった。聞くともなしに聞いていると、ひとりの旅人がもう片方にこんなことを言い出した。
「日本の電車に乗るときは注意だな。スリが多いから。それに、話しかけてくるやつはたいてい金をせびるやつだ。街でも気をつけたほうがいいぞ。子どもたちが近づいてきたら、バッグをこうやって(と男は肩からぶら下げていたバッグを胸の前で抱くようにした)守る。うっかり子どもの相手をしていると、金目のを物を抜き取られるぞ……」
エレベーターは1階に着き、全員が降り、2人の旅人は夜の街に消えていった。私たちはといえば、呆れて顔を見合わせた。
「日本でそんなことが?」
「いくらなんでもそこまで治安が悪くはない」
私たちは、ひとりの旅人の承服しがたい見解について議論し、きっと誤解、あるいは悪意があったにちがいないと結論づけたのだった。
そして、今、この不思議な出来事を思い返す私は、別なふうに捉えている。
なんらかの時空の歪み生じたせいで、あの夜、私たちは、未来の日本を旅する旅人と、同じエレベーターに乗り合わせたのだ、と。