苦い文学

落とし穴と振り子

どのようにしてその居酒屋にたどり着いたのだろうか。気がつくと私はその店に足を踏み入れ、指を一本立てて、ひとりであることを店の者に伝えていたのだった。

酔客たちの騒ぎ声とグラスの音の音に圧倒されながら、私は店の者の示す席に座る。それは8人掛けの大テーブルの一席で、両脇も前も見知らぬ人々で占められていた。まるで落とし穴に放り込まれたような気がした。

ホール係の年配の女性に酒と唐揚げを頼み、飲み始める。両脇の酔客たちがどっと笑い出し、手を叩きあった。まるで火山が爆発したかのようだった。だが、次第に私はこの騒ぎに順応し、スマホを見ながらひとり酒を楽しみ出した。

酔いの回った目でスマホの画面を眺めていると、ふと誰かの視線を感じた。反射的に目を上げると、向かいに座る不気味な老人と目が合った。老人は赤い顔で私に尋ねた。

「どうして酒場でスマホなど見ているのかね……」

私は曖昧な返事をしたが、それがまずかったらしい、老人は私をじっと見つめながら「最近の若い人は」に始まる長い話を始めたのだった。

おお、その長い話から逃げ出すのは不可能だった。内容もなければ起承転結もないタワゴトは私の自由を奪い、私は老人の囚人となった。もはや一口だって酒を飲むことすらできなかった。

私は、必死になって話の切れ目を探した。そこを突き破って逃走しようした。だが、老人は息継ぎなしで話し続ける。驚異的は肺活量だった。

やがて私は気がついた。老人の話がまるで振り子のように行ったり来たりしているのを。おお、さっきから同じ話を何度も繰り返しているのだ。振り子は速度を増しながら私に迫ってきた。私は満身の力を振り絞り、目の前の唐揚げにかぶりつき、間一髪で振り子をかわした。

すると、老人は怒り出したではないか。火を吹かんばかりの憤怒の表情で、私の方に顔をぐいぐい近づけてくる。とっさに逃れようとしたが、左右も後ろも酔客たちに囲まれ、逃げ場はなかった。男の口から蛇の舌のような炎が放たれ、私を焼き尽くそうとしていた。

もはや気を失って倒れようとした時、誰かの腕が私を支えた。それはあのホールの年配の女性であった。彼女は忌まわしい老人を一喝し、店から追い出し、私の命を救ったのであった。