苦い文学

「間違いない」ができるまで

「私がやりました」と彼は罪を認めた。だが、警察はそれでは満足しないようなのだった。

取調官は机をドンと叩いた。「それじゃダメなんだよ! ちゃんと言え!」

彼は怯えながら答えた。「だから、私がやりました。すみません」

「口答えするな! そんなんで済むと思うなよ!」と取調官はさらに机を叩いた。すると、背後にいた別の取調官が制止した。「まあ、そうムキになるな」

「ですが、先輩……」

「俺に任せろ」とその取調官は彼のほうを向いた。「お前は自分の罪を認めてるようだな」

「はい。罪を償うつもりです」

「きいたふうな口を聞くんじゃんねえ。ことの次第によっては、その罪の償いってのも怪しくなるぜ」

「ですが、私はやったと認めているのです」

「うーん、やった、やらないんじゃないんだ。残念ながら。ほら、あの言い方があるだろう。知らないか、テストで答えが正解じゃない、不正解だ、これをなんというかい」

「バツですか」

「ちがう!」

「……間違い」

「その通り。そいつを使って『やった』ってことを言ってほしいのさ」

「え?」

「つまりだ、こう言うじゃないか。ナニナニしたのは……」

「あっ、間違いない。そうです、間違いないです」

「そうだ!」 取調官は同僚のほうを向いて怒鳴った。「なにをボヤボヤしてんだ。調書、調書だ、早く!」

……そして、翌日、新聞にこんな記事が載った。

〈都内の飲食店で料金を払わずに逃走したとして50代の無職の男が逮捕された。容疑者は警察の調べに対し「食い逃げしたのは間違いない」と容疑を認めている。〉