苦い文学

ワレワレ

ある語が「わたし、おれ」などといった話し手を指す場合、それは「1人称」であると言われる。

この1人称にはまた単数と複数の区別がある。つまり「わたし」と「われわれ」だ。英語なら「I」と「We」だ。

言語によっては、この1人称複数をさらに2つに区別する。ひとつは「聞き手を含むわれわれ」であり、これは包括形と呼ばれる。もうひとつは「聞き手を含まないわれわれ」であり、これは除外形と呼ばれる。

「われわれ」を包括形と除外形で区別する言語は少なくないという。調べると満州語などのツングース諸語、アイヌ語、ベトナム語などが出てくる。

日本語について考えてみると、「われわれ、わたしたち、おれたち」は包括的でも除外的でもありうるから、基本的にはこの区別はないといえる。しかし、「私ども」などのように、聞き手を含まない除外的な1人称複数もあることもまた知られている。

こんな知識は、トリビアルで、役に立たないものだと思う人もいるかもしれない。だが、それは大間違いだ。

私は来年は宇宙人がやってくる歴史的な年になるのではないかと予測しているが、この知識があれば地球にやってきた宇宙人の意図がすぐわかるのだ。

人類の前に姿を現した宇宙人はこう言うだろう。

「ワレワレハ宇宙人ダ」

もしこの「ワレワレ」が宇宙人語で包括形ならば安心だ。なぜなら宇宙人は、自分たちも地球人も同じ宇宙人だと、つまり、みんなで仲良くしようと語っているのだ。

だがもし、除外形だったら? 人類はただちに宇宙戦争の準備にとりかかるべきだ。

なぜならその地球外生命体は、自分たちは宇宙人だが、お前ら地球人はそうではない、この虫ケラどもめ、けちらしてくれん、と宣戦布告しているのだから。