苦い文学

かわいそうに

都内の居酒屋で、ある若者がアルバイトをしていた。その店には外国人の娘もアルバイトで働いていた。東南アジアのどこかの国の人で、日本に出稼ぎに来ているようだった。

あるとき、その娘が揚げ場の油を手に引っかけてやけどをした。店の社長は治療費は出したが、彼女は何日も休まねばならず、収入はひどく減ってしまった。

若者はその娘と仲が良かったので「かわいそうに」と同情したら、「全然」という返事が返ってきた。「入管にいる人のほうがかわいそうだよ」

若者は「この子よりかわいそうな人がいるのなら会いにいってみよう」と考えた。

入管にいる人とは収容されている人のことだった。若者は娘からその人の名前を教えてもらうと、入管に面会に行った。

面会室で待っていると、年配の男が現れた。彼は入管に3年間も収容されているというのだった。若者は、これはかわいそうだ、と思い、そのことを彼に告げると、こんな返事が返ってきた。

「難民キャンプにいる人のほうがもっとかわいそうだよ」

若者は「この人よりかわいそうな人がいるのなら会わねばなるまい」と考えた。

彼はアルバイトの収入で航空券を買って、異国にある難民キャンプに行った。そこには、あの娘と同じ民族の人々が狭い場所に小屋を建てて暮らしていた。みな、政府軍の攻撃から逃げて隣国との国境にやってきたのだった。若者は、これはかわいそうだぞ、と思った。

さっそく難民キャンプのリーダーにそのことを告げると、こんな返事が返ってきた。

「難民キャンプに来られず、国境のジャングルで逃げ暮らしている村人のほうがもっとかわいそうだよ」

若者は「これらの人々よりかわいそうな人がいるのなら会わねばなるまい」と考えた。

そこで、そのリーダーに頼んで、国境のジャングルに連れていってもらうことにした。

ジャングルの旅は危険極まりなかった。都会育ちの若者は疲労困憊し、やがて熱病に冒された。無理を押して進んだが、ついに力尽き、意識を失った。人々は懸命に手当てをしたが、ジャングルのただ中ではできることはほとんどなかった。若者はもはや息をするのをやめていた。

人々は彼を日当たりのよい丘に葬った。そしてだれもが「かわいそうに」と泣いた。