苦い文学

元身元保証人の述懐

入管に収容された人が外に出るための手段の一つが、仮放免許可申請だ。これには、誰かが身元保証人にならなくてはならない。

晴れて仮放免許可が出ると、身元保証人は、仮放免が続くかぎり、その責任を遂行することとなる。何をするかというと、定期的に仮放免延長申請書に署名したりするのだ。

私はある時期、何人ものビルマの人々の身元保証をしていた。そのため、頻繁に仮放免中の人と会い、署名をした。

これが非常に面倒だった。サインひとつで終わるのだが、そのためだけに時間を調整して都内のどこかに出向かなくてはならない。そして、待ち合わせだってうまくいかない。日本語ができるとは限らないのだ。

私はだんだん投げやりになり、それほど親切ではなくなった。わざわざ相手してやっているのだから、と思っていたのだ。私の署名をもらいにくる人々は、私のことを横柄な人間だと思ったに違いないが、そんなことはおくびにも出さなかった。この人たちにとっては、私の署名こそが命綱だったのだ。

それから時間が経ち、ビルマが大きく変わり、さらにもう一回大きく変わった。私が身元保証していた人々は、あるものは帰国し、あるものはビザをもらい自由の身となった。

いまや私のところには誰も電話をかけてこないし、署名がほしいと言ってくる人もいない。

誰が相手をしてやっていて、誰が相手をしてもらっていたのか、この私にもわかってきた。