苦い文学

ジェンダーレス・トイレ 

私たちの市長が駅前の公衆トイレについて懸念を表明された。

「東京では、自称女という輩が、女性トイレに入り込んで、性犯罪し放題というではないか。私たちの駅前の公衆トイレではそんなことは許さない」

市長のお考えでは、反日フェミニストどものたくらみだ、というのだ。

そこで、市長は、駅前の公衆トイレの清掃にあたる女性清掃員たちに、「自称女」どもが女性トイレに入り込まないか、見張らせることにした。

しかし、すぐに女性清掃員たちから反対意見が寄せられた。

「ただでさえ少ない人数で働いているのに、この上、監視業務など請け負えません。また、侵入した男性が暴れたら、高齢の女性である私たちがどうして立ち向かえましょうか」

市長は言われた。「では、駅前の公衆トイレに男性の監視員を配置することとしよう」

さっそく男性の監視員が配置された。なんでも市長の身内ということだった。しばらくすると監視員は市長に訴えた。

「女性トイレの中で性犯罪が行われたときのことを考えると、外からの見張りだけでは不十分であります」

「うむ、我が市の女性たちを守るためにはやむなしだ」と市長は即断した。それで、男性の監視員は女性トイレ内に陣取って見張りをするようになった。

すると、公衆トイレを利用する女性たちは、監視員がときおりいやらしい目つきをしているのに気がついた。若い女性たちは、監視員の脇を通り過ぎるときに下品な言葉を投げかけられた。そして、何人かの女性は、シャッター音を聞いたような気すらした。

人々は市に苦情を言い立てようとしたが、その度に、監視員が市長の身内だということを思い出し、こうつぶやくのだった。

「まあ、少し様子をみてみよう」

今では、駅前の公衆トイレを使う女性たちは、隣の男性トイレに入っていく。男性たちも事情はわかっているからなにも言わない。

私たちの市にジェンダーレス・トイレが誕生したのはこんな事情からだった。