友人のKは、半年に一回は休みを取って外国に出かけるほどの旅行好きだった。異国の街の景色を見るのが好きで、一日中、見知らぬ街を歩き回って飽きなかったという。
やがてコロナの時代となり、誰もが外国に行けなくなった。Kもはじめのうちは我慢していたが、月日が経つにつれ、異郷への思いが募ってきた。
だが、当時は外国どころか、隣の県に行くことさえ憚られる時期だった。それでも漂泊の思いやみがたく、ついに彼はある考えに逢着した。
「日本を外国として見ればよいではないか」
そこでKは、外国人になった気持ちで、都内を歩くことにした。
なんと素晴らしい景色が広がっていたことだろうか。見るものすべてが珍しく、美しかった。人々はこぎれいでおしゃれだった。ゴミが落ちていないのにもびっくりした。
本物の寿司を食べて感動し、コンビニではカゴいっぱいに買い物してしまった。夜の渋谷スクランブル交差点に興奮し、歌舞伎町では勇気を出してひとりでラーメン屋に入ってみたりした。
秋葉原では、見たこともないような漫画やグッズに夢中になった。ふらふらと歩いていると、不意に声をかけられた。メイド姿の女の子だ。日本語で何か言っている。あたふたして手振りで断りながらも、心の中ではこう決心した。
「次来るときはもっと日本語を勉強してこよう」
東京ではどこに行っても楽しみと驚きがあった。そんな楽しい日々は、ある夜更け、彼が警官にあやしまれて呼び止められるまで続いた。警官はすぐに変わったようすに気がつき、こう言った。
「パスポート、プリーズ」
Kは現在、不法滞在のため入国管理局に収容されている。私は面会に行き、カタコトの日本語で事情を聞くことができた。近々、強制送還される予定だという。