苦い文学

「早く元気になって」

元気な人が「早く元気になって」という声を毎日聞くようになった。

元気な人は元気であるのに、そう言われ続けたら、どうなるだろうか。もしかしたら自分が元気ではないのだろうか、という気がしてくるにちがいない。

さらにそれでも「早く元気になって」という声はやまない。

その人はついに自分が元気ではないのだと思い込む。なんだか暗い気分になる。あれほど元気だったのに、と昔のことばかり考え出す。すっかり意気消沈して、だんだんと病気になってしまう。

病名もわからない。だから、どんな治療も効き目がない。ただ苦しいだけだ。なんとかして回復しようと必死になるが、その度にあの声がどこからともなく聞こえてくる。

「早く元気になって」

この声を聞くと、回復への気力がたちまち打ち砕かれる。そして、元気でいることが途方もない不可能事のように思えてくる。自分には元気など無理なのだ。いや、もう元気でいるべきではないのだ。それが自分の運命なのだ。

こうなるとさらに病が悪化する。もう寝たきりで、1日のほとんどをうつらうつらと過ごすようになる。

そんなある日、枕元に誰かが立つ。病人の手を握り、慈しみのこもった声で告げる。

「早く元気になって」

病人は夢見心地で答える。「ありがとう。でも、ごめんなさい、もう無理そう……」

病人はそのまま白目を剥き、息絶える。