苦い文学

因果なき人

下町の古びたアパートの一室に因果なき人が住んでいる。

因果なき人というのは、原因とならず、結果にもならない人だ。その人がなにをしようとなにごとも生じないし、なにが起きてもその人には影響を及ばさない。

これは、私たちの世界が、原因と結果の連鎖によってできていることを考えると驚くべきことだ。その人の存在はこの世界にいかなる影響も与えないし、その逆もまた然りなのだ。

そうした人が、押上で暮らしている。寝て、起きて、食事したり、散歩したりしている。

私はどうしてその人が因果なき人となったのかは知らない。生まれついてかもしれないし、修行の成果かもしれない。いずれにせよ、私はとても不思議に思っていて、あちこちでこの話をしている。

すると、話を聞いた人によくこう言われる。

「お前が因果なき人について語ったり書いたりすること自体、因果なき人から生じた結果なのだから、結局その人は因果なき人ではないのではないか」

だが、私が因果なき人について語ることが、どうして因果なき人と関係していようか。

まったく無関係だからこそ、因果なき人と呼ばれるのだ。