翌 3 月 24 日、私はガベスを離れ、ルアージュといわれる乗合バスに乗って、タターウィーンに向かった。そして、3 月 27 日の朝にチュニスに戻るまでの 3 日間、次のように過ごしたのだった。
・ホテルをキャンセルされ、強制ホームステイ。
・ラマダーン中なので、日中はほぼ断食。
・タターウィーンの青年に朝から晩まで連れ回される。
・夜はその青年たちと雑魚寝。
・3 日間の滞在中、一度もシャワーを浴びられず。
肉体的には大変だったが、私はこれ以上楽しい 3 日間を過ごしたことはなかった。私がホテルに着いてホッとしていると、チュニスの友人が紹介してくれたタターウィーンの青年 A さんがやってきてこう言った。
「さあ、私の家に行くぞ。荷物はどこだ」
ホテルでのんびりしている暇などなかった。だが、彼のこの提案のおかげで、私はラマダーン中のタターウィーンの人々の生活を体験することができた。日の出前に食事を一緒に食べ、日没を一緒に待ち、テレビで合図が出るとヨーグルトを飲み、食べはじめた。
A さんはまた、車でベルベル人の古い居住地に連れて行ってくれた。同行してくれたのは彼の友人たち 3 人で、詩人(詩を作るので)、ラッパー(実際にステージに立つので)、哲人(ヒゲなので)だ。この 4 人の青年と私で、タターウィーンの市場を歩き回り、シュニンニーの遺跡や古いモスクへ続く山道を登り、あちこちでふざけて写真を撮った。
(写真:シュニンニーの風景)