苦い文学

ベルベル語への旅(5)

わずか 10 分ほどの「調査」を終えた私たちは、老人に感謝し、別れを告げると車に乗って、タマズラットに向かった。

タマズラットは山の上に煉瓦の家が立ち並ぶ小さな村で、電柱と電線だけが異物のように見えた。小さな広場に岩でできたラクダの像があって、その向こうでは電線がまるで飾りのようにぶら下がっていた。私たちは、車で村を一周して、もと来た道を戻った。

すると、N さんが車を止めた。先ほどの老人がやってきて、後部座席に座った。

「さっきタマズラットに一緒に行こうと誘ったんだけど」と N さんは私に説明した。「家畜に餌をやるから行けないって言うので、用が済んだら、新マトマータまで送ってあげると約束したんだ」

車の中で、私は N さんを介して、いくつかの名詞や動詞を尋ねた。「『パンを食べる』はベルベル語でこういう」と老人は教えてくれた。「『パン』は私たちはこう言うけど、ズラーワではこう言う」 老人はまた、こうも言った。「ベルベル語はズラーワとターウジュートの人のほうが使っているよ」 口ぶりからすると、老人はタマズラットの人のようだった。

話しているうちに、老人は昔を思い出したようだった。「ずいぶん前のことだけど、スイス人がやってきてね。ベルベル語の本を持ってきて、それを見せながら、この語は使うか、使わないか、村人に聞いて回ってたよ」 いったいそのスイス人とは誰だろうか? そして、その本とは?

車が新マトマータに入った。最初、老人は私などいないかのように接していた。だが、それは違うとわかった。なぜなら、車が彼の家に近づいたとき、こう言ってくれたから。

「今度、この人を私の家につれてくればいい。私の家族がベルベル語を教えてくれるよ」

私たちは再び礼を言って、老人に別れを告げた。

(写真:タマズラットの風景)