苦い文学

義太夫節「語り」コース

義太夫協会主催の義太夫教室実践コースには、「語り」と「三味線」の 2 つのコースがある。三味線のことはこれまでに書いてきたので、今回は「語り」について少し書く。

語りのコースは二人の先生が隔週で交互に担当される。竹本越孝先生は『菅原伝授手習鑑 寺入りの段』、竹本京之助先生は『生写朝顔話』の薬売りの場面だ。

受講生は 16 人。最初は全員で少しずつ語りを練習する。義太夫節はどんなに大きな声を出しても怒られない、というのが先生方の教えだが、腹から声を出すのはそう簡単ではない。やがて、卒業発表会が近づくと、それぞれが一人で語る担当パートを割り当てられる。

「寺入りの段」での私の担当は、寺子屋主人の妻が、大騒ぎしている子どもたちを嗜めるセリフだ。一度、竹本越孝先生の前でやってみたら、女性が言っているようには聞こえなかったのだろう、「猛獣使いじゃないんだから」と評された。これには大笑いしてしまった。

また、「生写朝顔話」は、笑い薬の効能を語る口上が中心だ。「(この笑い薬を飲むとお腹の中に生まれた)笑いの玉が、ヤ、コロ、ヤ、コロ、コロコロ、コロコロコロ」と玉が転がって笑いを生み出す様子を語る場面がある。この部分を全員一人一人語ってみるということになった。

私の番が来ておっかなびっくりやってみたら、竹本京之助先生から「コロ」が疑問になっているとの指摘があった。それは私の自信のなさによるものだが、疑問を持ちながら転がる玉もあるまいと、やはり大笑いしてしまった。

どちらも実に的確なコメントで、納得しつつも、笑わずにはいられない。芸の奥深さに感心しながらも、楽しく学ぶことができた。

語りの授業には、三味線の脇弾きの先生もいて、先生や受講生の語りに三味線をつけてくれる。太夫は三味線を聞きながら語りを進めていくのだが、どのタイミングで語りを入れるかが非常に難しい。これが義太夫節のノリの大変なところで、スッとノレる人もいれば、私のようにフライングしたり、慌てて遅れてついていったりする人もいる。

私は義太夫節の勉強をもっぱら言語学上の関心から始めた。だが、本物の芸に触れるうちに、私は言語のさらに奥にある身体的なノリに突き当たった。義太夫節のこの固有のノリはどのように身につけられ、継承されてきたのだろうか。この問いに答えられるかどうかはさておき、大声を出して練習してみると、楽しいばかりでなく、言葉の見方まで変えてくれた「語り」コースであった。