苦い文学

リュック過激派

日本では電車の中でリュックを背負っている人はいちだん低く見られる。リュック所持者には誰もが命令していいことになっている。周囲のことを考えないならずものだとの評価が決まっている。混んでいる電車の中でリュックを背負っていると、周囲の憎悪の眼差しで、リュックが燃え上がりそうだ。だから、私たちは、リュックがアツアツになる前に慌てて胸で抱える。

ショルダーバッグや手提げカバンだって、リュックと同じくらい邪魔になるのに、誰も文句はいわない。これらのカバンはちゃんとした社会人の象徴だからだろう。いっぽう、リュックはといえば、今や働く大人だって使うのに、あいかわらず、ランドセルの仲間扱いだ。だから電車の中では、ランドセルは、ベビーカーについで居場所がないのだ。

私の友人のリュック愛好家が、こうした電車でのいわれなきリュック差別に腹を立て、過激な行動に出た。ホームで電車が来るのを待ち構えて、ドアが開いたとき、ショルダーバッグを投げ入れて、彼は叫んだ。「乗るのは、人間じゃなくて、このバッグだろ!」 昔のトンチ話に影響を受けたのだろう。

もっとも、うっかり者の彼はそのバッグに携帯と財布も入れていた。それで遠く離れた駅の遺失物係にはるばる行かねばならなかった。

さて、その彼がアフリカやらインドやらを旅して帰ってきた。長い旅をしたせいで、心境が変わったのだろうか。あれほど執着していたリュックも捨てて、今は頭に荷物を乗せて電車に乗っている。