苦い文学

第二次世界観戦争

アニメや漫画に「この世界観にはついていけない」とか「この世界観にはハマれない」などと言う私たちは、貧乏人や家のない人、ひどい病人や難民を見ても「この世界観はちょっと……」というようになった。

さらには、隣国の偉い人を見ても「なんだこの世界観は」などと私たちは呆れてた。だから、私たちの首相がそのあたりピーンときて、やたらと世界観を大切にしだした。それで、ついに隣国の世界観にまで文句をつけたとき、私たちは喝采を送ったんだ。

で、隣国ときたら、私たちを激しく非難。しょうもない世界観のくせに引き下がるどころか、挑発してくるってのか。おたがい睨み合っているうちに、最初の銃弾がどちらかの陣営からか発射され、誰かが死んだ。世界観戦争が始まったってわけ。

開戦の知らせに、私たちは小躍りして喜んだけど、だんだん様子が違ってきた。食べ物もないし、毎日タダ働きだ。文句をいうと殴られる。誰かが「この世界観にはついていけない」と言ったら、警察がやってきて、そいつをどこかに連れて行った。だから、私たちはこの世界観に慣れるしかなかった。

戦争は終わる気配もなく、やがて私たちはみな前線に送り込まれた。世界観と同じように、戦場にも慣れるかと思ったけど、そんなことはなかった。銃火のなか、死体に囲まれ、傷に苦悶しながら、私たちが無言で思い続けたのは「この世界観にはついていけない」ということばかり。

私たちも近く、戦場で殺されるはず。そして、その死の瞬間にもやはり「この世界観にはついていけない」がいくども脳裏をよぎることだろう。

でもさ、私たちはいつ世界観から置き去りにされたっての。