苦い文学

海外のニュース

国内のニュースで悲惨な出来事、たとえば幼い子どもが犠牲になった犯罪や事故のニュースを見ると、私たちは心を痛め、悲しい気持ちになる。それどころか、いてもたってもいられなくなり、激しい怒りを感じる。そして、ときには私たちの怒りの矛先は、事態をそこまで放置していた地方行政や、政府に対して向かう。

ところが、海外のニュースは違う。子どもたちが犠牲になっても国内のニュースほどには心は動かない。アメリカでどんな衝撃的な銃撃事件が起きても、もう飽き飽きしてあまりピンとこない。ウクライナでたくさんの子どもたちがロシアに誘拐されても、ガザでたくさんの人々が飢えに苦しんでいても、遠い出来事なのでけっこう平気でいられる。

私たち日本人のこうした性質に配慮したせいか、最近では海外のニュースにこんなものまで入れられるようになった。

「日本に逃げてきた難民が直面する差別」
「日本生まれの子どもが日本語しか話せないのに強制送還」

私たちはこんなニュースを見ても、ちっとも悲しかない。なぜなら遠い海外のニュースだからだ。そのうち、日本で外国人が殺されたり、日本で外国人を標的にしたテロが起きたりしても、海外ニュース扱いになるだろう。

いや、日本が外国と戦争しても、海外ニュースになるだろう。そのとききっと、国内ニュースは楽しいことばかりにちがいない。