苦い文学

座る能力(前編)

私は、あるときから不思議な能力を身につけた。どうしてそんな力が身についたのかわからない。その能力とは、座りたいときにはどんな椅子にでも座れる能力なのだ。

たぶん、東京のような非人間的な都市ならではの能力だろう。満員電車のなかで押し潰されながら、どんなに席があればと切望したことだろうか。人を座らせないようにできている都内の公園のベンチを前にして、どれほど座りたい気持ちと争ったことだろうか。そんな切実な欲望が私の能力を開花させたのだ。

それ以来、私はどんなに混んだ電車でも、座れる座席を見出せるようになった。満席のレストランでも、私が足を踏み入れるや、たちまち席があき、案内されずにはいないのだ。ライブでも演劇でも、いかなるプラチナ・チケットも、行きたいと願えば、私のところに自然と舞い込んでくる。

すでにお分かりのように、この能力は、ただ座るということだけが問題なのではない。実際、それだけなら、折りたたみの椅子でも持ち運べばいい。そんなものなら、いまどきネットで簡単に買うことができよう。

私の能力が尋常ではなく、そしてそれゆえに恐ろしいのは、それが私の座りたいという欲求を実現するためだけに、人々の認識や社会そのものに働きかけてしまうことなのだ。