苦い文学

津波の来ない町

津波の警報が鳴ってからというもの、僕たちは家を出て、ずっと登ったところにある山の上の避難所で暮らしている。そこなら津波は絶対にやってこないから。

僕たちが逃げてから何日も経ったけれど、津波はやってこない。けれどみんな危ないっていうんだ。家に帰るな。帰ったとたん津波が来るぞ。閉じこもってばかりの生活にもううんざりした僕たちはあるときこういったんだ。

「けど、津波が来そうになったらすぐにここまで逃げればいんじゃない」

「お前たちは知らないだろうが」って大人たちは怖い顔をした。「今の町は泥棒ばかりで、戻れば危なくもある。津波が来るまでだめだ」

大人たちは、津波がその悪党どもを飲み込んでくれるのを楽しみにしているかのような口調になったんだ。

「でもさ」と僕たち。「津波っていったいどこからやってくるのさ。いったい今どこまで来てるのさ」

「遠いところからだよ。だから来るのに時間がかかるんだ」

「そんなに遠いところって、どこさ」

大人はカバンの中からポストカードを取り出した。「ずっとずっと海の向こうにある、こんな南の島からやってくるんだ」

その夜、薄暗い避難所で、僕たちは夢を見たんだ。青々とした空と緑色の海の浜辺で、生まれたばかりの津波たちが楽しそうに遊んでいたんだ。