苦い文学

孤独なダンサーたち(2)

そんな状態だから、と他の人々は言うかもしれない。精神の調子が狂って、彼にそんなことが起きたのだ、と。だが、私はそうは思わない。言葉が私たちを従わせるのならば、彼でなくても、だれにでも起こりえたのだ。

いずれにせよ、「自分はついに四面楚歌に至った」と彼は呟き、そのときその言葉が彼を縛りはじめた。

もちろん彼は楚歌など聞いたことはなかったが、彼の耳は周囲から聞こえてくる歌をとらえた。それは、彼を悩ませ、傷つけ、苦しめた。逃れようと彼は顔を背けたが、敵意ある歌は彼の耳を追いかけてきた。顔をしかめながら反対側に向ける。すると歌はやはり迫ってきた。サラウンドだったのだ。

彼は思わず喘ぐように頭を上に向けた。歌はその上にまで回り込んできた。サラウンドではない、空間オーディオだ。彼は慌ててノイズ・キャンセリング機能を探したが、耳のどこを押しても、スイッチは入らなかった。

そして、彼は全方位から聞こえてくる敵の歌に圧倒された。ドン! 太鼓の音が脅かすかのように鳴り響いた。ドン、ドン! ゾクゾクするようなスネアのフィルインが続き、巧みで複雑なビートが始まった。ビートの中から立ち上がったグルーヴが熱狂を加速させ、いつしか彼の体を動かした。四面楚歌が孤独なダンサーを生み出した瞬間だった。