翌日、私は仕事を休んで近所の病院に行った。「パスワードを忘れたのです」と受付にいうと、外来で待つようにと言われた。そこにはすでに何人もの男たちが長椅子に腰掛けて待っていた。
私は男たちのようすを窺い見た。携帯をじっと見つめている男もいれば、黙って目を瞑っている男もいた。どの男たちも不幸そうで、その額には深い皺があった。私も同じように見えたにちがいない。誰かが深いため息をついた。それに釣られて、いくつかのため息が連鎖した。
ああ、私たちがどれだけ陰鬱だったとしても、それは無理からぬことであった。パスワードがないとは、時代にログインできないということであり、時代にログインできないということは、人間としての尊厳も、地位も、価値も、職も失うということであったから。すべてを失って生きるつらさを考えれば、いっそのこと世界からログアウトしてしまうほうが楽かもしれなかった……
男たちは次から次へと診察室に呼ばれていった。そして、私の後にも次から次へと陰気な男たちがやってきた。私は診察室から出てくる男たちのようすを注意深く見ていたが、どの顔も入ったときと同じく暗いままで、時代にログインできたと喜んでいるようすなど微塵もなかった。
「これは簡単なことではないぞ……」とますます気が滅入る。と、診察室から声がして私の名を呼んだ。