苦い文学

ドイツの移民

Sushi Bar についてこの前書いたが、この異国風寿司屋以上に、ベルリンの街角に溢れているのがケバブ屋で、3 軒くらい並んでいたりする。これらはトルコからの移民が経営しているものと思われる。タイ料理もあるし、インド、ネパール料理もある。夜、街を歩いていて餃子のようなものを出す店があったので、食べてみた。おいしかったが、どこの国の料理かわからなかったので、会計時に尋ねると、お店の女性が「私はチェチェンだ」と誇らしげに答えた。チェチェンを含むコーカサス料理ということだった。

また、街を歩いていると、たくさんの中東系、アジア系の人を見かけた。Uber Eats の自転車で走り回っているのは南アジア系の人のようだった。駅のベンチに座っていると、作業着を着た髭の男性がアラビア語で電話していた。ドイツはシリア難民をたくさん受け入れたことでも知られ、ベルリンにはシリアの人々が住んでいる地区もあるそうだ。

短い滞在の私にはわからなかったが、ドイツではこうした移民に対する反発が高まっているそうだ。これが結局、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の躍進につながった。そのため、ドイツ政府も、AfD への対応策として、今年「移民政策の厳格化」を打ち出さざるをえなくなったという。

さて、9 月にドイツに滞在しているあいだ、こんなふうに私は多少は移民のことについて考えさせられはしたものの、自分にはあまり関係のないことのようにも思っていた。だが、まんざらそうでもなかった。

ポツダムの街を歩いているとき、日本のビルマ人から電話がかかってきたのだった。その人は要件のついでに、私がかつて身元保証人をしていたビルマ人の話をしたが、その人は難民と認められず結局帰国したのだった。2021 年の軍のクーデターの前だった。

「それから彼は、なんとかしてビルマを出ようと、ブローカーを使って、トルコに出稼ぎに行ったのです。それで、トルコからドイツに行って難民申請しようとしたのですが、ドイツが厳しくなったので無理だということがわかって……トルコのビザがもうすぐ切れるそうなのですが……大変です!」