苦い文学

富裕層のまねび

先日、いつも着ているシャツが擦り切れてきたので、新しいのを買いにいった。といっても高いのは無理だから、安い服屋だ。店内でゆっくり選びたかったが、ある事情があって、私はもっとも安い棚から適当につかみ取ると、セルフレジに投げ込んで会計を済ませた。

そうせざるを得なかったのは、店にいる間じゅう、ひとりの男が私をつけまわしているような気がしたからだ。万引きを疑われているようで不愉快だし、気味も悪かった。そして、私の勘は間違ってはいなかった。店を出た瞬間、私はその男に呼び止められたからだ。だが、その理由は私の想像とは違っていた。

万引きに疑われたと勘違いした私が、買ったもの以外は何も持っていないということを示そうとすると、男は手で制した。

「そうではないのです。ちょっとアンケートに協力いただきたくて」

「え、ちょっと今は時間が……」

「いえ、お手間は取らせません。すぐ終わります」と、男は早口で捲し立てだした。「実はですね、富裕層は安い服しか買わないという話を聞きまして。それというのも、お金の使い方を心得ているからということで。つまり、無駄なお金を使わないんですね、富裕層は。で、私はさっそく、真似しようと思ったのですが、ひとつひっかかることがありまして。というのも、貧乏な人もやはり安い店で服を買うと思うのですが、かたや富裕層と、かたや貧乏人、同じことをしているのに、なにが違うのだろうか、それがわからなければ真似しても意味がないぞ、と。かえって逆効果かもしれませんからね! で、その違いをはっきり知るために、アンケートをというわけで」

私はこの時には早足で歩きはじめていた。

「こうやって先ほどから貧乏人らしき方々に……」

どう見ても見込みのない人には協力するだけ無駄だ。