私は台に置かれたスーツケースに手を伸ばした。2 人の税関職員に監視されながら、番号鍵のある面を引き寄せ、ダイヤルを回し、3 桁の番号を揃える。重たいスーツケースを両開きにする。
私はそこにいかなる通貨もないことを知っていた。スーツケースの中に入っているのはただ、服とノート、歯磨きなど……そして本だ。空港に来る前に、店員に勧められるままに購入した本だ。その本がスーツケースの片側にぎっしり並べられていた。
だが、それらのアラビア語の書籍は、税関職員が普通のアジア人のスーツケースに見出すものとしては、もっともありそうになかったものだろう。
税関職員は不審げにこれらの本を一冊一冊取り上げた。「なんだ? これは?」
男は私に目を向けた。「お前はアラビア語を勉強しているのか」
「はい、少し……」
「これは、マフムード・メスアディじゃないか」と一冊のペーパーバックを手に取った。チュニジアを代表する作家の哲学的小説だ。
「どれもこれもチュニジアの小説だ……ふーむ」
男が興味をそそられている様子に、私はつけ込む好機を見出した。
「小説をお読みになるので?」
だが、男の職員はこの問いを無視した。なぜなら、その目はスーツケースの中の2冊の小説に釘付けになっていたからだった。ハスニーン・ベンアンムーの作品だ。彼は2冊の本を取り上げ、タイトルをチェックする。も、もしや御法度の小説では? 手鎖五〇日ものの? と恐れる私に、不満げな声を投げかける。
「ベンアンムーは7冊の長編小説を書いているというのに、なんでお前は2冊しかもっていないのだ!」
「はっ、次に来るときは他のも買います!」
「よろしい! 終わりだ! もうスーツケースをカウンターに戻しなさい!」
税関職員が小説好きで、そして、チュニジアが文化の香り高き国でよかった!
彼は私にパスポートと搭乗券を返すときこう言った。「たびたびチュニジアに来ているようだな! いつでもウェルカムだ!」
かくて私は虎口を脱し、続く出国審査も無事に通過したのであった。じつに孤独な戦いであったが、運命はそんな私をねぎらうことを忘れなかった。ドバイから成田に向かう飛行機では、エミレーツのダブル・ブッキングのおかげで、私はビジネス・クラスに格上げされ、シートでのんびりと寝そべることができたのである。(おしまい)