苦い文学

外貨の禍い(8)

チェックインをし、空港制限エリアに入り、出国審査の列に並ぶ。列の中から、カウンターの向こうにある空間を探る。保安検査の列の手前で、深緑色の制服姿の男が、誰か別の職員と話していた。

この男だ。生と死の境にある三途の川で亡者の衣服を奪い取る奪衣婆よろしく、国境のあわいに現れて、旅人から外貨を奪い取るあの男だ。もう塞の神と呼んでもいいだろう。

私は列に並んでいる間じゅう、この男の動向を観察していた。男は、カウンターの列の前を行ったり来たりして、姿を消したかと思うと、再び私のカウンターの前へとやってきて、旅人たちに目を光らせていた。すると、ひとりの男性の旅人がやってきた。塞の神はその男の前に立ち、パスポートを取り上げる。いよいよその現場が見られる、と私は固唾を飲んだが、いきなりにこやかに話しはじめたではないか。そして、2 人はまるで友人のように別れたのだった。

いったいなにごとが起きたのだろうか? あの旅人はいったいどんな手を使ったのだろうか? だが、なんの手を使ったにせよ、それは私には関係なさそうだった。私にあるのはただ外貨申告書だけだった。

そんなことを考えているうちに、私の前の男の審査が始まった。もうすぐ私の番だ。

私の審査が終わったタイミングで、あの男がどこか別のカウンターのほうに行っているということはないだろうか? 私がそんな当てにならない僥倖を願いはじめたまさにそのとき、塞の神が高齢の女性に襲いかるのが見えた。

男の詰め寄りに、その女性は驚いた表情でパスポートを差し出した。なにやら抗議の身振りもしている。だが、それもむなしく男に荷物を開けるように命じられたようだ。

私がカウンターに呼ばれたのはそのときだ。私は審査を受けながら心ここに在らずで、早く終われとばかり願っていた。職員があの女性にかかりきりになっている間に、さっさとこの境界を越えてしまえばいいのだ。

審査が終わる。私はカウンターを通過する。塞の神はまだ例の女性を追求している。このままセキュリティチェックに並び、その向こうに逃げおおせれば、もはや男の手は届かない。

セキュリティチェックのゲートは 2 つあった。私はそのどちらかを選ばねばならなかった。いっぽうのゲートの前では、あの職員と女性がやり取りしていた。私はとっさの判断でもうひとつの別のゲートを選んだ。

だが、これが失敗だった。